作品投稿


今月の秀歌と選評



 (2014年4月) < *印 新仮名遣い>

小田 利文(新アララギ会員)



秀作



菫 *


吾が作りし必修漢字三百のフラッシュカードはすりきれていたり
オフィスの鍵を返して木々を渡る貿易風に身を任せおり


評)
教育の現場で用いられる「フラッシュカード」に焦点をあてて、独自性のある作品となし得た。初稿「学生の必修漢字三百を書いたカードはすり切れていたり」から完成度が高かった。「すりきれていたり」と具体的かつ簡潔に詠んだことで成功した。二首目、作者の開放感が良く表現されている。



紫 芽


雪けむり海月になった太陽がビルの合間に浮かんでいるよ
「許さない選択もある」と心理士に意表をつかれフフフと笑う


評)
「海月になった太陽」という表現が斬新で心引かれる作品。「合間」でも良いが、「間(あわい)」「谷間」の方がここでは馴染む言葉である。二首目も体験から生まれた独自性のある作品となっている。これからも魅力的な作品を詠み続けてほしい。



時雨紫 *


ハワイよりスカイプ通し「久し振り!」姉の笑顔が画面に広がる
お茶会の茶釜の湯気に目に浮かぶ背筋凛たる白足袋の母


評)
「スカイプ」を素材として、現代の一コマを詠みながら、スカイプを知らない読者にもよく伝わる作品となっている。下句の作者の工夫が生きたと言える。二首目は、この一首だけでも作者のご母堂の一面をうかがい知ることができるような思いにさせられる。「白足袋の」という具体的な言葉が良く働いている。



波 浪 *


B29がレーダー持つも知らずして目を晦ますと烟揚げたり
われの手の届かぬ処に今日も妻は丹念に薬を塗りてくるるよ


評)
敵機がレーダーにより飛行しているという、今なら疑いようもないことが、当時の日本の民衆には知る術もなく、草木を焚いて目くらましの烟をあげたという事実を詠んでいる。歴史の中に埋もれていた一面が歌に詠まれて明らかになったわけで、貴重な一首と言える。二首目は作者と妻君の生活の一端が、「丹念に薬を塗」るという行為を通してありありと描かれている。「癌を疑う診断なりき付き添いし妻は安堵の笑顔見せたり」も味わい深い作品である。



金子 武次郎 *


どうだんの上枝(ほつえ)は数多小さき芽をつけておりたり如月の庭に
靴下のラインの跡のくっきりと残りいし日も思い出すのみか


評)
秋に燃えるような色彩で目を楽しませてくれる満天星も今の時期はひっそりと目立たない存在だが、作者はそこに数多の小さき芽を見つけ、魅力的な存在として読者に提示してくれた。淀みのない調べを持つ、味わいのある一首である。二首目からは淡々とした表現ながら、若さの喪失に対する作者の哀しみを感じる。自分のことなので、「思い出すのみ」で良い。



Heather Heath H *


大き音立てて屋根より滑り落ち凍れる雪がバケツ砕きぬ
金柑の種の抜き方教えくれし君亡き家を今日も過ぎ行く


評)
初稿「常ならぬ積雪の後屋根を滑り落ち来る雪を初めて見たり」から、「バケツ砕きぬ」と視覚に訴える具体的事がらを入れた上で、全体の調べも滑らかな作品に仕上げることができた。二首目は当事者ならではのエピソードを上句に入れ、そこに作者の動きを誇張することなく続けたことで、作者の思いを「悲しい」という言葉を用いることなく表現することができた。「積む雪の解けきし瓦に固まりて雀が羽根を膨らませいる」も好感の持てる一首。



ハワイアロハ *


裏町のカフェに座りて短歌詠む仕事の合間のひと時を来て
ハイビスカスの垣根の続く細道にサーファー行き交う雨降る今日も


評)
作者の日常が軽快なタッチで描写されている。仕事の合間とはいえ、羨ましささえ感じさせる充実した時間がさりげない感じで詠まれており、読んでいる方も楽しい気分にさせられる。二首目、上句が整理され、軽い内容であるにもかかわらず、心に残る作品となった。



雲 秋


幾十年先祖の汗の染み込みし田畑潰され道路になるらし
九十九まで生きたる伯母は晩年をホームの暮らしに和みて逝けり


評)
初稿から完成に近い形で、二度の改稿で最終稿に仕上げ得た。特に下句が淡々とした表現ながら作者の思いの感じられる味わい深い作品となっている。二首目、「ホームの暮しに本懐の日々」(改稿1)を、「もう少し平易な言葉で」とだけのコメントに、「ホームの暮しに和みて逝けり」と、作者自身の工夫で大きな前進が見られた。


佳作



ハマユウ *


食いしん坊の二歳の息子は困り顔豆まき惜しんでただ立ちつくす
帰宅後も太陽はまだ高くありぬくもり浴びて衣類取り込む


評)
初稿から主題がはっきりとしており、言葉の工夫を重ねながら最終稿の愛らしい一首と成し得た。苦闘した分、写真やビデオとはまた違った宝物として残ることでしょう。二首目、「帰宅後も太陽はまだ高くあり洗濯物を入れる幸せ」(初稿)から二度の改稿を経てぐんと良くなった。「幸せ」という言葉を用いた初稿よりも、「衣類取り込む」と具体的に詠んだ最終稿の方が、作者の幸せな思いが伝わってくる。 



ハナキリン *


雪除(の)けど凍土にさえも出会えねば桜餅ひと噛み春を呼び込む
雛の日に間に合わせんと布広げ針先急がせて官女刺しゅうする


評)
初稿「雪除(の)けどつく息白くまだ白く桜餅ひと噛み春を呼び込む」の、上句のややくどい感じが消え、「雪除(の)けど凍土にさえも出会えねば」と今年の大雪を具体的に描き得た作品となった。二首目、もどかしい思いに改稿を重ねた作者だが、最終稿で伝えたい思いを詠めたのではないだろうか。改稿1の「針を急がせ」を生かして、「雛の日に間に合わせんと刺しゅうする針を急がせ官女加えぬ(官女も添えぬ)」とでもすれば、お雛様の存在も感じてもらえるかもしれない。



茫 々


樟の常葉を洩れて射して来し春の光は石段を照らす
ゆつくりと午後の時間のすぎゆけば狛犬の上に揺るる木洩れ日


評)
木洩れ日を丁寧に描いた上句により、印象的な自然詠となった。二首目も木洩れ日を主題とし、作者が身を置くゆっくりとした時間を、読者も共有できる作品に仕上げている。



紅 葉 *


冷たさの腕に伝わる冬の朝通勤電車のドアにもたれる


評)
改稿1「冷たさが腕に伝わるマスクしてドアにもたれて目をとじる朝」から潔く「マスクして」を省き、通勤の一瞬を切り取った佳作となった。「マスクして人ごみの中を歩みおり気配を消した気分になりて」も共感できる作品。



岩田 勇


六十年吾が憩ひ来し銭湯がこの春つひに暖簾を下ろしぬ



評)
初稿から完成形に近かった。露わな感情の表現はないが、「つひに〜下ろしぬ」に作者の思いが十分に込められていて、読者の共感を呼ぶ。「降ろしぬ」を「下ろしぬ」として採用した。



栄 藤


ピンク色のバケツの帽子やや傾ぎ雪だるま二つ留守居してをり



評)
今年の大雪で日本各地で見られたほほえましい光景のひとつをよく表している。「やや傾ぎ」が特に良い。初稿そのままであり、作者の表現力が向上していることが窺われる。

参考(締切時間後の投稿)




石川 順一


自転車が行く手を塞ぐ狭き地所植え込み越えてチラシ置き行く



評)
作者の生活の一端が丁寧に描かれており、好ましい。「狭き地所」等、表現の固い所などは更に良くなる余地があり、もう少し時間があればと惜しまれる。



寸言


選歌後記

 前回私の担当した時からさらに、投稿者の皆さんが力を付けてきていることが感じられ、改稿のたびに期待以上のものとなって表れる作品に喜びを感じつつ向き合うことが多かった。今月掲載の「選者等の歌」「運営委員の歌」にも、皆さんが詠まれたものと共通するテーマを持つ作品が見つかるかもしれません。是非目を通して、表現力向上の機会とされることを期待します。

小田 利文(新アララギ会員)



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