作品投稿


今月の秀歌と選評



 (2014年5月) < *印 新仮名遣い>

青木 道枝(新アララギ会員)



秀作



スララ *


ならび走る足音弾む砂浜に無言のおしゃべりコロとわたしと
薄曇り湖と空混ざり合いコロとわたしを包む波音


評)
時には人よりも身近に寄り添ってくれる動物。湖と空、そして波音を背景に「コロとわたし」を伸びやかに詠まれた。



文 香 *


終えてみればタイムカードは軽やかに弾みて一日の終わりを告げぬ
約束を交わして閉じし携帯を君の声を抱きしめ眠る


評)
耳に残るは君の声。耳に聴いたその時のままに、胸が高鳴っている。軽やかな現代のラブレターか、携帯は。



ハワイアロハ *


故郷に桜咲きぬと聞きしより恋うるその色三十年(みそとせ)を見ず
一歳の子の手を引きて挙式するふたりに贈らんジンジャーのレイ


評)
日本の春を染める桜は、色あわい。ふるさとの桜のあわい色が、三十年を経てつよく作者のこころを揺さぶる。



菫 *


病棟に春を迎うる老いし母に庭の水仙一束届けん
久しぶりに母の手握り見つむれば母は吾が名を自信なげに呼ぶ


評)
母と子のかかわりは深く、老いて薄れゆく母の記憶の中にも留まっている。たくさんの、共に在った思い出として。



Heather Heath H *


「子羊の耳」と言う名の柔らかき葉を懇ろにブーケに束ぬ
限りなき悲しみ抱き生くる子をその父母悲しみ吾も悲しむ


評)
子には子の深い悲しみ。胸を痛め見守る父母、さらに作者。「思いを発することで救われる」と書く。歌のもつ力。


佳作



時雨紫 *


超音波に映し出さるる初孫の目に耳にわれは語りかけおり
男(お)の子かな胎内カメラを覗き見て小さき突起見つけて笑う


評)
胎内にあって、大切に待たれている命。愛する者の目には、すでに一つの人格をもって受けとめられているのだ。



ハナキリン *


チャイム鳴る教室我らの窓から見ゆ礼終えし子らは弾け輝く
熱き気を放てる窓より詰襟の子ら手を振りおり我らに気づいて


評)
年齢も状況も全く違う者同士が、ふとした折に笑みを交わしあう。中学生だろうか、その素直な明るさが、まぶしい。



金子 武次郎 *


亡き母の初午料理は「しみつかり」吾がふるさとの味のなつかし
臥所より一声かけて起き上がり着替えに八分今日が始まる


評)
季節やふるさとに結びついて、幼い日の“母の味”は心の奥に残っている。歳を重ねられた今に、なおなお深く。



茫 々


春浅き羊歯の緑葉に日の差せり古人(いにしへびと)らも行きしかこの道
古き道に梅の木ありてひえびえとこぼるる花の白く悲しき


評)
古い道を歩き、小さな所に心は動く。日の差す羊歯の葉に、散る花の白さに。時を越えて昔の人にも思いは及ぶ。



くるまえび *


蓬莱の歌の友らと集まりて大和ことばに歌を詠みあう
台湾の歌の友らの思いやりありがたきかな合同歌会に



評)
「蓬莱」「大和ことば」という言い方にも、慕わしさが感じられよう。ハワイ在住の作者が台湾を訪れての合同歌会。



栄 藤


松葉牡丹の種を四月に蒔かむとて下駄箱の上に置きてこの日々
薬害の無しと思はねど八種類いづれ抜きてもならぬ常薬


評)
種を蒔くこころをもって、四月を待つ。その心持に惹かれる。「下駄箱の上」という具体性が、歌を生かした。



波 浪


老いの身を運び来て乗るエスカレーターその一段目は遣り過ごしたり
内向的われには解せずバスに行く明日を控へて妻機嫌よし



評)
長年連れ添った夫婦であり、異なる個性をもつそれぞれ。ふとした折のあらためての発見が、あたたかい。



雲 秋


桜樹の蕾は固くいまだいまだ梢の向うの空見つつ行く
君が代の国歌は好かねど日の丸はわが気に入りなり祝日には掲ぐ



評)
まだ固い桜の蕾。そこから視線は果てしない空へとそそがれる。読み手の思いも、のびのびと大きく広がる。



紅 葉 *


寝間着脱ぐ朝の瞬間いさぎよし春はこのまま来るかと思う
見て分かる資料にしろと怒鳴られぬあらがう力今はもたざり



評)
仕事でどんなに疲れても、朝は、もう一度元気さを与えてくれる。この時ばかりは、春もすぐそこに感じられて。



岩田 勇


春雨に焦りも少し和らぎて昔おぼえし歌口ずさむ



評)
心がやわらかに移ってゆく過程が、ゆったりと詠まれている。出来事的ではなく、魅力ある詠みぶり。



石川 順一


昼間からビール飲みつつ写真撮る既に葉桜なるが不思議で



評)
花の時はいつの間にか流れ進んでいたのであろう。下の句がなんとも正直であり、この歌の持ち味となっている。



寸言


 本当に大切なものは、すぐ足もとにある。それが見えてこないから、遠くまで歩いてみたり、何か新しい物を求めようとする。そうして体を、気持ちを動かしてみて・・・ようやく気づくのだ。大切なものは、すぐここに在ったことに。

〜皆さんの日常から生まれてくる“きらりとした歌”に、幾つも出会うことができました。よい出会いを、ありがとうございました。

〜青木 道枝 (新アララギ会員)



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