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今月の秀歌と選評



 (2014年10月) < *印 新仮名遣い>

小谷 稔(新アララギ選者 編集委員)



秀作



石川 順一


雨の降る闇に花火が輝きて明暗分かつ内と外とに
二種類の洗口液を試したり徹夜に明けし眠気覚ましに


評)
雨の降る闇の中に炸裂する花火をその光の球体の内と外という把握が新鮮である。二首目も洗口液という素材を歌にしたのは珍しい。徹夜とあるが徹夜で何をしたかという説明は要らない。




トーストが焼けるを待つ間も揺れているイエスかノーか今日の決断
川岸を出て次々と覆るウィンドサーフィン見るだけでいい


評)
トーストはその日の朝食であろう。この日、作者は一つの決断に迫られている。問題そのものよりも人間関係で迷うのであろう。トーストを焼くという生活の中にその迷いという心理をとりあげたのがよい。二首目はどんな結句にするか、若者の躍動への好感がよい



ハワイアロハ


背の少し伸びし児童ら宿題を携え戻りぬさあ新学期
ハワイアンに慣れたる耳に能管の妖しきひしぎ繰り返し聴く


評)
はじめ「生徒」とあって中学とも高校ともとれたが「児童」となって1、2句も生きた。「戻りぬ」も担任教師の愛情あってこそ使える言葉。二首目、「ひしぎ」という能の横笛の甲高い叫びのような音に日本の音の一つの精髄を聞いた感動。



金子 武次郎


栃の木の並木路行けば思い出づ栃の葉帽章の高校時代
いま一度手を振り散歩する願い叶わず齢(よわい)八十を越ゆ



評)
作者は栃木県で学校時代を送った。制帽帽章は旧制時代の懐かしいシンボルであり誇りでもあった。帽章をポイントにしたのがよかった。二首目、手を振って散歩するというそれだけのことさえままならない老いの現実を見据えている。



時雨紫


父の墓にビール注ぎてスルメ供え待たれし娘のみごもるを告ぐ
在りし日は頑固に吾をはねつけし父の思い出も薄れゆきたり


評)
亡き父を詠む。下句初案はめでたいニュースというのであったがその具体化によってすっきりと歌が立ち上がった。二首目、不快なはずの父の思い出が薄れるのを今寂しく追慕している。


佳作



栄 藤


寝付かれぬわが傍らに転びしと思ひし妻ははや寝息立つ


評)
妻君は健康によく働いて疲れたのですぐ寝息を立てる。その寝息を聞くのを快く感じているものととりたい。「わが傍」以下にそんな眼差しを感じる。



波 浪


疲るれば「転んでゐる」とわれは言ふ妻気遣へば「寝てる」と言はず



評)
「転んでゐる」と「寝てる」の微妙な違いを使い分けているのはやはり作歌で培われた語感の鋭さであろう。



紅 葉


盆前の事務所にかかる電話とる留守居程度の課長の仕事


評)
盆前で課長が留守番役を引き受けて部下の人たちを休ませてあげているのであろう。職場の歌は珍しいので注目した。



くるまえび


蚊のごとく群がり飛びしグラマン機砲撃当たらず歯を噛むわれは



評)
戦時中の思い出であろう。作者は幼かったでであろうがグラマンに砲撃が当たらないのを悔しい思いで見ていた鮮明な記憶である。



きじとら


洒落の洒と酒との違いを指摘するその生真面目さがK先生らしい



評)
作者は現役の大学生であろうか。講義の中での軽い息抜きの話題であるが短歌らしく型式ばらずにそれを作品にしたのがよかった。



寸言




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