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今月の秀歌と選評



 (2016年8月) < *印 新仮名遣い

小田 利文(HP運営委員)



秀作



まなみ *


踵まで潮の引きたる島の上シャボンシャボンと音たて歩く
知らぬ間に変わりし潮はひたひたと漣立てて島を消しゆく


評)
ハワイのラフ・オ・ラカに日に一度だけ姿を見せるサンドバーを訪ねた時の体験が詠まれている。一首目、島の光景を詠んだ上句と、作者の動きを活き活きと詠んだ下句が結びついて、読む者を作者が体験した世界に誘ってくれるようである。二首目、一首目の「動」に対して「静」を感じさせる作品。「知らぬ間に変わりし潮は」に作者の工夫が表れている。



ハナキリン *


恋愛を就職を願う短冊の色さまざまに学び舎彩る
風流れ笹の葉流れ短冊に願いし心あなたに届け


評)
一首目、七夕という伝統的な行事の中にも、「恋愛を就職を願う」若者たちの姿を見いだし、清々しさを感じさせる一首とした。二首目、作者の若々しい願いをのせた勢いのある作品。「あの人」を「あなた」に変えたことにより、一首に力強さが増した。採らなかったが、最終稿三首目も丁寧な描写で好感が持てる。



鈴木 政明 *


早春の水を湛えし水田の早苗の葉先に小波の寄る
ふる里の梅雨の夜空に鳴き競う蛙の声に耳傾けぬ


評)
一首目、日本の至る所で身近に見ることのできる光景だが、作者の細かな観察と丁寧な描写により、味わいのある作品となった。二首目、初稿の「ふる里の星なき夜に鳴き競う梅雨の蛙に耳をすませる」から大きく変えてはいないが、落ち着いた感じの良い一首となった。



金子 武次郎 *


八十(やそ)にしてズボン下穿き靴下の穿くより脱ぐが難しと知りぬ
傾けば堪(こら)えきれずに倒れゆくは吾が身体かと驚くばかり


評)
最終稿の三首ともに作者の体験に基づいた、実感のこもった作品である。一首目、「穿くより脱ぐが難しと知りぬ」と、簡明な描写で作者の実体験を伝えることに成功している。二首目、若かりし日には思いも寄らなかった体験であろう。作者の驚きと恐れの気持ちが良く表れている。



菫 *


待ちかねし千秋楽を見終わりてひっそりと父はこの世を去りぬ
亡き父の対いいし卓に今もあり施設に住まう母の写真の


評)
一首目、「待ちかねし千秋楽を見終わりて」に父親の一面が具体的に描かれており、そこからまた父親に寄せる作者の思いも感じ取ることができる。二首目、「対いいし卓に今もあり」という簡明な描写に、作者の切ない気持ちを感じることができる。



ハワイアロハ *


スピードを喜ぶ母の車椅子病棟押しゆく広き歩幅に
「後を追い俺も死ぬよ」と泣く父に「バカを言うな」と母の一喝


評)
一首目、「スピードを喜ぶ母」に意外性があり、この作品に独自性を添えている。「広き歩幅に」という結句が活きている。二首目、この一首に共感する読者も多いだろう。下句が簡潔で一首を引き締めている。


佳作



時雨紫 *


電線の地中化進みて電柱に味わい添えいし貼り紙も消ゆ
黙祷にて静かに始まるクラス会初デートせし君に捧げて


評)
一首目、「電線の地中化」は歓迎すべきことだが、この作品に詠まれたような一面もある。現在進行中の事象を捉えて詠むことに成功している。二首目、黙祷を捧げる対象が「初デートせし君」であるところに、作品の特異性がある。やや複雑な内容であるが、推敲を重ねることにより、状況が読者にも良く伝わる一首となった。



省 吾 *


人類のノアの箱舟にするべきか遥かに仰ぐ煌めく火星を
軍神の星に命の痕跡を探し続けるキュリオシティは


評)
一首目、壮大なスケールの対象に取り組んだ作品。「遙かに仰ぐ」と、作者の位置を明確にしたことにより、一首の焦点が定まった。二首目、最先端の話題に挑んだ意欲的な作品。「キュリオシティ」という固有名詞が生きている。採らなかった三首目も、複雑な題材を良くまとめている。



夢 子 *


疲れ果て言葉少なき旅となれど目に沁みぬトスカーナの葡萄畑は
長かりし旅も残すは二、三日手鏡みれば深き皺あり


評)
一首目、少しだけ手を加えて採った。単なる観光に止まらず、作者のありのままの姿が作品に出ているのが良い。「トスカーナの葡萄畑」という固有名詞が効果的である。二首目、羨ましい限りの海外旅行も実際に体験してみると、体力を消耗したり、多少はストレスもあるのだろう。そこをこの作品では、「手鏡みれば深き皺あり」と自らに具体的に引き付けて詠み、共感を得ることのできる一首とした。



紅 葉 *


「百までも親は生きる」と言う兄は最期を看取る覚悟したらし
苦労して作った資料は三役に説明されず会議の終わる


評)
一首目、多くの人にとって他人事ではないテーマである。「百までも親は生きる」は本来めでたいことであるのに、その中には悲壮な響きも含まれており、現代的な課題を反映していると言えよう。下句も簡潔で良い。二首目、せっかくの苦労が報われずに終わることは、組織の中で働いていく上で良くあることである。「三役に」以下の表現が端的で良い。


寸言


 身近な自然の草木を細かく観察して詠んだ作品から、壮大な宇宙を詠んだ作品まで、今回は10人の方の投稿作品と向き合い、時間に追われつつも楽しさを覚えるひとときを持つことができた。
 是非、他の作者の作品や、このホームページに掲載された新アララギ会員や先人の作品にも目を通し、更に感性を磨いて次回の投稿に備えていただきたいと思う。
小田 利文(新アララギ会員)


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