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今月の秀歌と選評



 (2016年7月) < *印 新仮名遣い

大窪 和子(新アララギ編集委員)



秀作



金子 武次郎


青春は二度と返らぬものなればわれは迎えむ老春という春
老春は闘いのときか認知症身体老化癌の手強し


評)
老春という言葉で自らの老いを積極的に受け止め、怯まずに立ち向かおうとする姿勢が魅力的。見習いたいものである。



夢 子


疎開せし長野の奥の山里に悲しき病いの感染ありき
戦争を悪とは知らず疑わずただ耐えていし九歳の冬


評)
このテーマは5首の連作として詠われていた。それぞれに重く忘れ難い少女の日の記憶である。この2首だけでもそれは伝わる。年齢は九歳と漢字で表記したい。



まなみ


少しだけアクセントのある日本語で答辞読む娘は振袖姿 (日本語科卒業式)
賞状に深く礼せし若者に受け継がれほし日本のこころ


評)
ハワイに暮らす若者(日本人なのだろう)の一つの姿が微笑ましく伝わる。2首目には作者の思いも込められた。


佳作



省 吾


雑踏に頭を垂れて正座する初老の前に空箱一つ
散らばりし小銭を素早く拾い上げ手渡して去る道往く人々


評)
この2首は逆に置かれていたが、反対に置き直した。2首目、人々の行動に、さりげないやさしさをとらえたところがよい。



紅 葉


四人の靴のひしめきあっていた頃の玄関今はなつかし
玄関を黒光りのするリーガルの靴など買って賑やかにせむ


評)
子供さんたちが巣立って行った後の玄関の様子、そのさびしさをうまく捉えている。立派な靴を買って賑やかにしようという発想も面白い。



時雨紫


人けなき古津駅より降り立ちて滝への道を農婦に尋ねる
弥彦村の大樹を写す一人旅根っこを枕に杉の木見上ぐ


評)
樹木を巡る旅なのだろう。自然の懐に包まれていく様子がうまく表現された。ご主人の病気の歌、「オアシスの如く」は少し曖昧。



ハナキリン


背もたれのほころび深きこの室(へや)に学び巣立ちし人らを思う
「日中なら半袖でも大丈夫」と予報士の言いて今年の夏も近づく


評)
前の歌、教育に携わっている人の思慮深い視点が感じられる。部屋より「室」と。後の歌、気象予報士の言葉を使ってユニーク。下の句は少し添削した。



ハワイアロハ


少しずつ色を違えて山々の重なり出で来ぬ薄雲の中
予定せしことを一つも終えられず迎える夕日ひときわ眩し


評)
前の歌、グラデーションという英語をうまく置き換えることが出来た。後の歌、心理的なことを詠むのはむずかしいが、よく捉えている。「夕日は」の「は」は省いた方が落ち着く。



鈴木 政明


春風に乗りて飛び交う雲雀らの下に広がる麦の穂の波
しずもれる闇の向こうに建つビルの全ての窓の輝きて居り


評)
風景がそれなりに捉えられていているが、感動が少し一般的に感じられる。この辺りが難しいところ。以下、寸言を。


寸言


短歌には小さな発見が欲しい。いつも見て居るのにこれまで気付かなかったもの。自分の心の中にふと兆したこと。自分を取り巻く小さな世界を見詰めていると、それがやがて広い世界に繋がってゆく。何が起るか分からないこの時代にしっかりと目を向けて詠ってゆきたい。

大窪 和子(新アララギ編集委員)



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