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今月の秀歌と選評



 (2016年10月) < *印 新仮名遣い

米安 幸子(新アララギ会員)



秀作



鈴木 政明


もろこしの繁りは高く空青し太き実をもぐ音のみ聞こゆ
あぶら蝉のやかましき声も限りある命の発露と思ひて聞きぬ


評)
三回の改稿を重ねるうちに情景が的確になり生き生きとした作品になった。どちらも聴覚が働いているが、風景のなかに掴んだものと、鳴きしきる声を「限りある命の発露」なのだと受け止めた時の歌との違いがある。いずれも健全な精神のあらわれた歌として秀作の一席に推す。




粛として票を投ずる高橋やウオングやリーがハワイを築きぬ
関心は本選にあらむ訪れる人もまばらな予備選挙の日


評)
もっか世界の注目の的である大統領の予備選挙。ボランティアの一員として働く日々を詠って特色のある作品。
今回は一般的な捉え方である。作者の思いの窺える作品も添えてほしかった。



ハワイアロハ *


陣痛の始まりし娘を病院に見送りて発つ父母待つ日本へ
痛み止めを促進剤を拒みし娘よ三十六時間よくぞ耐えたり


評)
連作からすると初産の娘さんのようである。付き添いたいであろう作者に、母君が入院のメール。ドラマのような緊急事態を逃さず掬い上げている。



省 吾


情報を全て晒してのめり込むポケモン探し薄気味悪し
元々は誰のものでもない島に愚かなる国角突き合わす


評)
現在の情勢を批判の精神をもってとりあげた二首。そこには、「情報を全て晒して」「誰のものでもない島」など作者の目が働いており、気持ちが現れている。


佳作



金子 武次郎 *


敗戦後七十年を生き抜きて下流と呼ばるる老人になるとは


評)
あの困難な時代を耐え誰もが必死で生き抜いた。報われた感もあったと思うのに、いつのまにか格差がみえる社会に向かっている。警鐘を促された思いに鑑賞した。



もみぢ


桃売りの戸板に残る甘き香の匂へる夜の道を帰りぬ
こけももの赤き実の染む果実酒を眠れぬ夜に一人嗜む


評)
戸板に残る香りという把握がおもしろい。語順を一部かえてみた。こけももの果実酒にも雰囲気がある。



夢 子 *


どこまでが病か加齢のゆえなるか定かでない日々のんきに生きる
歩くのは苦手になりし吾なれどダンスは別で三時間踊る


評)
二首とも力みがなく自然体なのがよい。「のんきに生きる」とは、くよくよしないで大らかに ということでしょう。



時雨紫 *


時にわれ日常離れて墨を磨り心ゆくまで書に打ち込みたし


評)
墨を磨るうちに日常を離れていく心地よい緊張感は評者にも覚えがあります。今日われは〜打ち込まんとす。でもよかったかもしれません。



紅 葉


日焼けした島の女に親しみて歌を詠はむ赤彦のごと


評)
赤彦のごとという そこを詠んでくださいと誘導したけれど当方の力不足でした。


寸言


 このごろ歌の完成度などという難しい言葉にとらわれている。
どの時点で完成とみなすか。出来たと思っても翌日は不備に気付くことや、視点が変わることもある。まれには啓示のごとくほろほろっと言葉が自然にこぼれることもあるけれど。読む人に具体的なイメージを伝えたいと思っている。それではまた。
米安 幸子(新アララギ会員)


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