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今月の秀歌と選評



 (2017年11月) < *印 新仮名遣い

大窪 和子(新アララギ編集委員)



秀作



中野 美和彦


目も口も動かせぬ弟何を見る死に近き母を逝かしめよと言ふらし
家にて死なむ母の望みに人々の集ひ手筈を整へくれぬ



評)
人の生涯に遭遇する最も重い悲しみを詠っている。細かい事情は分らないが、悲しみのなかに肉親の情愛や人々のやさしさが感じられる。それを大げさでなく坦々と表現しているところが優れている。



天宮 じゅん


吹き荒れる風に向かいてゆく人の歩きスマホとすれ違いたり
哀しみに伏すわが傍にいてくれし猫は病院に独り逝きたり



評)
1首目は現代人の一種異様な光景をさらりと捉えていて面白い。2首目は心を通わせた猫との別れが哀切である。結句「独りで逝きたり」となっていたが「で」を省いた。



かすみ


今もなお記憶に残る幼き日よ虐待なりしと気付くさびしさ
暴力は親の弱さと認めし時楽になりたり幼き吾は



評)
幼い頃の哀しみの記憶は生涯こころに留まるものだ。しかしこの作者はそれをただ哀しみだけの記憶とはしていない。その出来事を越える強さ、賢さがこの2首から伝わり感動する。 



来 宮


ロヒンギャの難民救うはスーチー女史迫害に耐えた貴女しかいない
背後より気配を消して飛びて来しトンビの爪痕我が手に残る



評)
時代はテロと難民を生み、混沌としている。ロヒンギャの人々の惨状も何とかならないものだろうかと、思わずスーチー女史に呼びかけた率直な表現は胸を打つ。2首目はトンビとの一瞬の触れ合いをうまく捉えて魅力がある。



ハワイアロハ


二十分の蘇生術にて生き返りし夫の肋骨五本折れいる
十日間を病院に過ごす夫の身を知らずに父母の介護していき



評)
故郷の両親を介護するために日本に滞在している間に大変なことが起っていたという2首。心からのお見舞いを!感情を交えず坦々と詠まれているが背後にあるやるせない思いは十分に伝わる。



コーラルピンク


胸叩き心燃やせと語りしキューバの老ミュージシャンを今も忘れず
風の音が怖いと我の添い寝する娘小さき身を硬くして



評)
心惹かれるキューバのアーティストへの思いが歯切れよく力強く詠われていて魅力のある1首目。一転、子育ての日常から掬い取られた2首目は、母親の愛情がさりげなく表現されていて好もしい。



ハナキリン


棺の上に置かれし海軍帽厳しき叔父の在りし日懐(おも)う
携帯に幼(おさな)の写真を見せあいて弔いの場に命を愛でる



評)
先の戦争で使用された海軍帽ならば叔父上はかなりの高齢であろう。その死を悼みながら、親族が幼い子供の写真を見せ合う。そこに命の連鎖ある。葬儀の場での心温まる情景を捉えてよい作品になった。



時雨紫


バイオリンのピッツィカートが肌を刺しそれを撫でゆく低音のチェロ
演奏の終わりし一瞬の沈黙は次に弾ける喝采を呼ぶ



評)
ヨーロッパの旅で聴いたカルテットを詠っている。音楽鑑賞の歌は難しいが、1首目、演奏を全身で聴き味わっている様子が伝わる。2首目も演奏の終わった瞬間をうまく捉えて共感させられた。


佳作



仲本 宏子


民の暮らし削りて作るミサイルに鍋釜集めし日本を思う
車窓より見ゆる神戸に「広島屋」看板なれど巡る故郷



評)
北朝鮮の指導者の現実とかつての戦争に於けるこの国の歴史とを重ね合せて、人間のやることは繰り返すのかという作者の嘆きが背後に伝わる。2首目はさりげない望郷の歌として味わいがある。



寺井 眞紀


戦争の怖さは人を殺すこと自衛といひて支度を整ふ
戦争への歩みも原発も止められずわれも滅びに手を貸しゐるか



評)
時事詠は難しい。メヂィアの焼き直しになりがちである。この2首は自分なりの言葉で、自分に引きつけて詠むことでそれを免れた。少し概念的な感じがするので、狭くてもいいから具体的な視点で作ってみるといいと思う。



紅 葉


今年出た試験問題をやってみるやってやれない気にはなりたり
ミサイルの警戒地域と呼ばれてもわが家にもぐる地下壕はなし



評)
何気ない日常の中からちょっと特徴のある事柄を捉えていて面白い。2首目も北朝鮮の脅威をいいながら、どこかマスコミなどとは温度差のある庶民の感覚が期せずして詠われたという感じがする。



夢 子


足先に手の届かない我のため靴下履かせる大きな君の手
リハビリの若き教師のまっすぐな姿を見れば我が膝も伸びる



評)
身体を傷めたときなど、いつもは考えない身近な人の優しさに気付く。結句の具体的な言葉がそれを素直に表していて共感する。2首目もリハビリの教師の若さに自分も若返るような気分をうまく表現した。共に結句がよい。



鈴木 英一


夏休みの終わりし朝に小学生列を作りてしずしず過ぎゆく
ひらひらと庭に飛び来し黒アゲハ大き芋虫はどこで育ちしか



評)
久し振りに登校する生徒たちのちょっと緊張した様子がうまく捉えられた。また、黒い揚羽蝶は身近に見るとかなり大きい。いったいその幼虫はどこで育ったのだろうという素朴な疑問に共感する。敢えて「芋虫」といったところが面白い。



文 雄


要介護のわれに週一度添ひくるるナースのあなたはしばしの恋人



評)
介護してくれるナースへの感謝の気持ちがほのぼのと伝わる。いつまでも若さを失わない心が感じられる明るい歌。



清原 明


本堂の鰐口を鳴らす人もなく森に佇みふる雨をきく
古寺の長き廊下に猫ひとつ雨ふる庭に向きて動かず


評)
深い森のなかの古寺の雰囲気が上の句でうまく捉えられて、雨に佇む作者の姿も彷彿する。廊下にぽつねんといる猫に目をとめたのもなかなか。落ち着いた連作になった。



谷 喜一


倶利古曽のこの山道を味真野へ下り泥みしか中臣宅守
味真野に宿れる君と記す歌碑かたへを鳥の羽音過ぎゆく


評)
初めは硬い見慣れない漢字が羅列されていてどうなることかと心配した。評者のコメントをとらえてここまでまとめられたことに敬意を表す。古い時代の人を詠むのはむずかしいが、二首目、下の句で現実感が出た。



文 弥


わが病癒してくれる良薬はリハビリスタッフとの楽しき会話
友からの手紙に添えある一枚の木の葉の栞にこころ和みぬ


評)
かなり苦労してここまでまとめられた努力に拍手。優しい感性が感じられるので、今回の経験を生かして続けてほしい。まず、詠いたい事柄の中心を把握すること、何回も声に出して読み返すこと、実行してください。



原 英洋


掛け時計と腕時計の秒針が互い違いと響きいたりき


評)
4句、「互い違いに」でないと文脈が整わない。表現したいことがまだ出しきれていない未完成作。面白い歌になるかもしれない期待をこめて。


寸言


 短歌はうまく作ろうとするとうまく行かないものです。それよりも率直に作ることを心がけましょう。日々の暮しの中からふと呼びかけられたように歌の素材が見えてくることがあります。それに応えるとき素直な心の動きを捉えることが出来るように思います。
 写生とは生命を写すこと。心の動きを伝えるものです。私たちを取り巻く様々な事柄からの呼びかけを取り落さないように、いつも心に柔らかい受け皿を持ちましょう。

大窪 和子(新アララギ編集委員)


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