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今月の秀歌と選評



 (2021年5月) < *印 旧仮名遣い

小田 利文(HP運営委員)


 
秀作
 


時雨紫 *

藤棚の縄を突き抜け紫をかき抱きいる右巻きの蔓
母愛でし紫テッセン姿なく雨降る庭に藤は蔓延はびこ


評)
最終稿は三首ともに良く整っていたが、より印象的な二首を選んだ。一首目、藤蔓に焦点を絞り、引き締まった表現で蔓の様子を良く伝えている。二首目、連作のため最終稿の並びのまま掲示したが、一首目以上に完成度は高い。簡潔な上句を受けての下句の描写が何とも言えず味わいがある。
 


菫 *

十匹と犬引人(dog walker)の男性は足並み合わせ足早に過ぐ
空っぽの乳母車を押し媼行く日暮れの街を老犬連れて


評)
最終稿では1首目と2首目の順番が逆だったが、独自性の高い方を先に選んだ。1首目の「犬引人」はドッグウォーカーを指す作者の造語であるが、うまい表現と思う。一首全体も生き生きとした光景が目に浮かんでくるようだ。2首目、日暮れの時間帯の静まった街の様子が良く伝わってくる。
 


上野 滋

ワクチンは自由のための免罪符痛み厭はずわが腕を出す
まだらなる知力尽くせる父のメモ筆圧高しと妻は言ふなり


評)
一首目、上句は今現在の世界中の人々の思いであろう。直接ワクチン接種を受けた作者による歴史の一コマが詠まれた貴重な一首である。二首目、父の現状を伝える上句、妻の気付きを書き留めた下句、いずれも巧みな表現であり、説得力のある作品に仕上がっている。
 


原田 好美 *

嫁ぐとき「遠くなるね」としみじみと母が言いけり今に滲み入る
結婚を決めし二人の式延びて両家会うことの未だ叶わず


評)
ご令嬢の結婚をテーマとした連作。一首目、作者自身の「嫁ぐとき」を振り返って詠んだ一首で、多くの読者の共感を呼び得る内容を作品として仕上げることができた。二首目、平時であればとうに会っているはずの両家が、コロナ禍のために未だ叶わない現状を静かな口調で詠み成功している。この先がつつがなく運ばれることをお祈りしたい。
 


清水 織恵 *

電車では考える時間と決めたのに河川の芝生をただ眺めいる
未来など分からぬままのたましいを定刻通りの電車にのせる


評)
一首目、通勤の貴重な時間を「考える時間」と決めながら、気がつけば車窓に流れる風景を眺めているという、ごく普通の出来事を歌に詠むことにより、多くの読者の共感を呼び得る作品となった。二首目、最終稿では「たましひ」となっているが、一首全体の仮名遣いに合わせ「たましい」に直して採用した。上句がやや漠然としているが、「電車にのせる」という表現には作者の強い意志が感じられる。
 


はな *

生臭き青葉の匂いに思い出す青春の日の部室の匂いを
うな垂るるミニ薔薇の蕾撫でながら言い争いし昨夜を思いぬ


評)
一首目、最終稿の三首目だったが、三首の中ではこの作品に最も歌の勢いを感じた。単に「青春の日」ではなくその「部屋の匂いを」と具体的な事柄を詠んだことにより、読者に良く伝わる歌となった。二首目、直接言葉では表していない作者の気持ちを十分に感じ取ることができる、巧みな一首である。
 


はずき *

ワクチンの接種進みてようやくにみなが羽ばたくその日到来
持ち寄りしテーブル、ウメケの位置は良し着物飾りて舞台整えり
                  ウメケ:木製のボール


評)
一首目、ワクチン接種が進んでいる国ではこのような状況が生まれており、遅れている日本から見て羨ましく思う。下句からは作者の安堵の思いが伝わってくる。二首目、一首のリズムの良さからも会場の浮き立った気分が感じられる。
 


大井 美弥子 *

コロナ禍にひと席あけて窓ひらく一年ぶりの大講義室
「ふらんすはあまりに遠し」とマスク越しに恨み言を言う大講義室


評)
一首目、淀みない流れの上句を受け、事実をそのまま詠んだ下句からは深い詠嘆が伝わってくる。二首目、「恨み言」の内容に独自性があり、ユニークな作品に仕上がっている。
 


中野 由紀子 *

夕暮れの鏡に映る横顔の陰影深し冬の瓜に似て
丸い鼻突き出しどんと踏ん張るは陶器の本立てわが子豚くん


評)
一首目、夕暮れ時に自らの横顔から得た発想を歌にし、優れた抽象画を鑑賞するような作品を生み出すことができた。二首目、身近にある愛着ある置物を素材にし、リズム良く整えることで愛らしさが伝わってくる作品となった。
 


はなえ *

発病し十二年経てようやくに視線をあげぬ活動始むと
実景と心に見える景色との狭間に絵とはあると知りたり


評)
一首目、歌の流れが良くなり、作者の決意が伝わってくる作品に仕上がった。二首目、作者の発見が丁寧に詠まれ、読む人の共感や気付きを呼び起こす一首となった。
 
佳作



紅 葉 *

街道の白一色に華やいで春は来たりぬ禍の中
宣言のあとに続いて措置がきて始発の駅の列は変わらず


評)
二首いずれも「コロナ」という言葉はないが、現在のコロナ禍の中で出会った風景や日常の一端が詠まれ、心惹かれる作品となっている。
 


山水 文絵 *

母と吾の「あの日の桜」は合ことば満開の日に父を送りき
何処よりか枝くわえ来て夕空をカワウは真直ぐに池畔の杜へ


評)
作者とその母親が「あの日の桜」と言う時、父親を送った日の忘れ難い光景が蘇るのである。「合ことば」という言葉で読者の心に響く一首となり得た。二首目、夕空を仰ぐ作者自身の姿も目に浮かんできそうな作品である。
 


源 漫 *

扁桃の腫れは続けり胃酸臭きよだれにむせて醒むる今宵も
囀りにあした目覚めて見回せば窓辺にのこる青きひとひら


評)
一首目、扁桃腺肥大という病気による苦しみが「胃酸臭きよだれにむせて」という表現から伝わってくる。重い内容を詠みながら、一首の流れもスムーズである。二首目、作者の日常を詠みながら、物語の一篇を読むような不思議な感じを呼び起こしてくれる一首となっている。
 


鈴木 英一 *

里山の澄みし空気を吸いながら頬張るおにぎり何ともうまし
枯れし木の樹皮を破りて出でし芽をつややかに照らす春の日差しは


評)
いずれも自然に親しむ作者の姿が感じられ、爽やかな印象を覚える。三首ともに良かったが、初稿からの進歩が著しかった二首を選んだ。
 


鮫島 洋二郎

白鷺のやせて佇むは餌無きか稲田の畦に昨日も見たり
島の枇杷を百均市場に買ひ求め腹みつるまで豊かに食ひぬ


評)
一首目、白鷺が「やせて」いることは漫然と見ているだけではわからない。稲田の様子を観察した連作の中でより丁寧な観察が感じられるこちらの歌を選んだ。二首目、近所のスーパーで買うと高価な枇杷を「腹みつるまで」食べることができた幸福感が良く表れている。
 


大村 繁樹

切岸の水仙の花芽ふふみ来ぬ波のとどろく越前崎浦
切岸に轟き寄せて駆け上がり砕ける波を息呑みて見つ


評)
坂井市崎浦を訪ねての連作で、いずれも大自然の中に身を置いてじっくりと詠んだ力作である。初稿から推敲を重ねて、作者の感動が伝わってくる作品に仕上げることができた。
 


夢 子 *

痛みゆえ気遣う余裕のなき我に君が心も沈みてゆかむ
お互いに耳遠くなり語りあう話し弾まず疲れ果てたり


評)
二首ともに良く整っているが、特に一首目は「気遣う余裕」がないとしながらも「沈みてゆかむ」と推し量る作者の複雑な思いが良く描かれている。
 
 
寸言

 なかなか終息の兆しが見えないコロナ禍の最中にあって、歌に詠む対象も限定されがちだが、制約を受けながらもそれぞれの生活や出会った光景、出来事を作品として投稿し、更に推敲して読み応えのある歌として仕上げていく皆さんの姿勢に励まされながら過ごすことができた。ワクチン接種が進めば、詠む対象も広がってくるだろうが、元に戻るだけでなく、コロナ禍以前とはまた異なる感じの作品が寄せられるのではないかと、今から楽しみにしている。
             小田 利文(新アララギ会員)

 
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