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今月の秀歌と選評



 (2021年6月) < *印 旧仮名遣い

小松 昶(HP運営委員)


 
秀作
 


中野 由紀子

誉め言葉背中に聞いて見上げれば絵の中の我横目で見てる
金色の日を照り返しレモンの実枝もたわわに青空の中


評)
前:例えば展覧会で自画像を誉められた時、いい気になってちゃだめよ、ともう一人の自分(自画像)にたしなめられている、というような心理の襞を捉えていそうである。「横目」が何とも決まっている。後:温かい日差しを好むレモン、青空を背景に思いっきり笑みを振りまいて収穫の時を待っているようだ。作者のほころぶ顔も目に浮かぶ。
 


清水 織恵

夕食を終える家族の箸の音を手持ちぶさたの寝室で聞く
どたどたと階段の空気動かして母に知らせるコロナ陰性


評)
前:コロナ感染を疑われ自宅待機を余儀なくされている作者、家族から隔離され、孤独と不安に苛まれている様子が具体を通して描かれている。後:待ちに待った検査の結果が陰性と出た喜びが上の句に素直に表現された。空想的な心模様ではなく、現実に身に迫った(と思われる)事象なので、緊迫感、説得力がある。
 


大村 繁樹 *

君の瞳変はらず輝き保つとき海鳴りに重なる吾が耳鳴りは
九頭竜川河口の土手に君と立つ川面の光よ吾を浄めよ


評)
前:六十年ぶりに再会した彼女は昔の儘の美しい瞳を保っているが、作者の過去を知らない。罪の意識に起因するかのような耳鳴りに苦しむ作者の自責の念が胸に刺さる。後:懐かしいこの場所で光よ元の無垢な自分に浄めてほしい、そしてまた君と素直に向き合いたい、、、。作者の心の叫びに思わず激励の言葉をかけたくなる。
 


原田 好美

夫の押す車椅子にゆく道の辺の野花の名前互いに口にす
旧友の送りてくれし晩柑の汁滴らせ故郷を恋う


評)
前:富士山麓に転居した作者夫婦であるが、二人の濃やかな情愛が素直に表されていて胸を打たれる。花の名前があるとなおよいかとも思う。後: ジューシーな晩柑が実に美味しそうだ。しかも故郷の味とくれば、言うことなし!「汁滴らせ」が効いている。
 



去年よりぐっと背の伸びし少年のホルンの音色徐々に澄みくる
卒業祝う蘭のレイ掛けコロナ禍に手渡しとなるハグ省かれて


評)
前:久しぶりに会った隣の息子の成長ぶりを、身長とホルンの音に託して心優しく見つめる作者の気持ちが嬉しい。後:こんな所にも人間性を奪うコロナ禍の影響が。来年はしっかりとハグできるように祈ります。
 


はな

ざわざわと一斉に木々は声挙げる初夏はつなつ告げる夕べの風に
移りゆく初夏の日差しを追いかけて蕾付けたる梔子移す


評)
前:夏を迎える作者の心弾みが、風にざわめく木々を通して表現されている。後:日をたくさん浴びて早く花を咲かせてほしいという願いが作者の行動を通してうまく表れていて微笑ましい。
 


大井 美弥子

ふるさとの祖父を案じてうわの空知らない道に迷い込む昼
寝付けない夜の暗闇によみがえるすこし昔の死別の記憶


評)
今回の一連は亡くなられた(と思われる)祖父を回顧している。前:コロナ禍で帰省できないままに祖父が病んで、見舞いに行けずに心配でたまらない作者の姿が彷彿とする。後:「死別」は祖父ととったが、ひと目会うことも叶わずに失ったことを悔やんでも悔やみきれない思いが伝わる。
 


時雨紫

亡き父の植えし柳は門前にみどりの枝垂れ迎えくれたり
里の姉の伝えてくるる柳の木傾けど尚青く茂るを


評)
前:故郷に帰省した時、まず歓迎してくれるのはこの柳、見るたびに家に帰ってきたことを安堵し、またしみじみと亡き父の事を思い出すのであろう。後:先の柳と同じかどうかは問わないが、柳の状態を詳しく伝えてくれる優しい姉との信頼関係に心が温まる思いだ。
 


山水 文絵

次こそと首伸ばし餌を待つ雛に真先に燕の親戻り来る
小四のノートの単語を指差して読ませつつ見るその皺多きを


評)
前:どの子にもしっかりと育ってほしいと願うのは燕も人も変わりはない。愛情深くよく観察している作者なのだろう。後:何気ないふとしたことから己の老いを発見した驚きがある。
 


はなえ

ぷっくりと丸い手をつき芝生から一歳半はひとりで起きる
目の前の花を写しているはずが己ひとりの思い込みに描く


評)
前:よちよち歩きの愛らしい幼児の成長と懸命さを温かく見守る視線が感じられる。後:絵を描く作者、自己分析がなかなかに鋭い。自己の思いを客観視することは短歌にも通じることであろう。心に留めておきたいものである。
 


上野 滋

見上ぐれば車窓に高く月うさぎ五十三次ともに走れり
霧深き川辺に鳥のこゑ響き笙の音かと歩みを止めぬ


評)
前:東海道線に乗っている作者に月のうさぎがずっとついてくる、一緒に旅を楽しむ如くに。ロマンチックな作者のおとぎ話のような一首である。後:鳥の声を笙の音かと認識する作者、雅楽がお好きなのだろう。なかなかに趣のある一首。
 
佳作



鈴木 英一

上り坂で小学生が先を行くその身軽さを少し羨む
鴨去りし池の水面すれすれに我が物顔でつばめ飛び交う


評)
前:ある年齢からは年と共に体力は落ちてゆくが、こういう場面では特にそれを痛感させられる。が、まだまだほかの面ではまけないよ、という自負(意地?)が「少し」に窺えて楽しい。後:邪魔をする水鳥のいない池でのつばめの飛翔は実に気持ちよさそうで、「我が物顔」にうまく表現された。
 


夢 子

ワクチンの効果そろそろ出始めて六月の気を深く吸い込む
月蝕と満月重なり山の辺にヌッと顔出すスーパームーン


評)
前:作者の地域ではワクチンの普及が進んでいるのか、安堵と、爽やかな季節を楽しもうという意気込みが下句に込められていよう。後:月蝕するであろうスーパームーンを待ちに待った喜びが「ヌッと顔出す」に表れていて愉快だ。
 


源 漫

夕風に倒れし瓶のはちみつの垂れてもたれても切れず舞ふ金糸
初夏の陽を浴びつつ君に会ひにゆく涼風にわが髪をなびかせ


評)
夕陽を浴びている蜂蜜の金の糸が切れずに風に舞うというのは印象的な嘱目である。後:青春の思い出がストレートに生き生きと描かれて微笑ましい。
 


紅 葉

収束の兆しはなくてコロナ禍は未曾有の時に向かっているか
公園の駐車場は空っぽになって子どもの遊び場となる


評)
前:ワクチン接種は迅速に進まないし、特に変異株が不気味で、オリ・パラの後、どれだけ感染拡大するのか予想がつかない。日本だけで40万人以上亡くなった100年前のパンデミック程ではなかろうが、この歌は多くの市民の気持ちを代弁していよう。後:人が集まるのを自粛しているコロナ禍の一風景か。子供達には数少ない幸となっているのかもしれない。なお、最終稿の「飛ばされそうな鯉」は鯉のぼりですね。
 


はずき

パー4の二打目は完璧ピンのそば目を閉じバーディーのグリーンへ向かう
最終ホールのどよめくファンの声援に笑顔に会釈すわがミケルソンは


評)
前:米国ゴルフのメジャーに最年長で二度目の優勝を果たしたミケルソン賛歌。「目を閉じ」てグリーンに向かう彼の脳裏をよぎるものは何か、想像するのも楽しい。なお、原作の「バーデー」は実情に合わせて「バーディー」としました。後:実景か映像かは分からないが、最終ホールの興奮と作者の彼への熱い思いがひしひしと伝わってくる。
 


黒川 泰雄

全身で飛び跳ねる犬と散歩するただそれだけで口許ゆるむ
夢にみる僕に汗腺あったなら共に蝉取りできて楽しき


評)
前:愛犬ととても相性の良い作者。読者の口許も思わず緩む。後:犬の気持ちを代弁していて楽しい。犬には汗腺がないので、夏は苦手なのだ。愛犬との相思相愛が読者の心を和ませてくれる。
 
 
寸言

 今回もコロナ関連歌が約3〜4割の方から提出されました。度重なる緊急事態宣言に自粛疲れが目立ちますが、家に籠って平時にはできなかったことに取り組んだり、自分の生き方をじっくり考えたりする良い機会と捉えたいですね。折しも今は梅雨で暑くも寒くもないし、旅だ、レジャーだと気の散ることも少ないと思われます。皆様の更なる健闘を期待しています。
             小松 昶(HP運営委員)

 
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