(2024年3月) < *印 旧仮名遣い >
清野 八枝(HP運営委員)
秀作
○
つくし
教室に春の光が満ちる朝緋色の袴で教壇に立つ
それぞれに共に過ごしし日々浮かぶ心を込めて名を呼ぶときに
君たちが巣立って行きし教室は静けさの中にひかりのみあり
評)
前:「緋色の袴」が印象的で、作者が教師であり今日は卒業式であることが告げられる。生徒たちに向き合う作者の思いが明るく温かく表現されている。中:一人ひとりの名を呼ぶ時に浮かんでくる感慨を詠み胸打たれる。後:生徒たちを卒業させた作者の安堵と喪失感が、誰もいない静かな教室のひかりの中に昇華されてゆく。一連は生徒を卒業させた教師の温かな思いが伝わり共感を呼ぶ。
○
はな
魂の透き通るような冬日和縁側の祖母に梅咲き初めて
過りゆく夜汽車の灯り温かく父の背に見き病癒えし日
評)
前:上の句は作者独特の表現で、清らかで凛とした冬の空気を感じさせる。冬日和の縁側にいる祖母に梅の花が香って来る。静かな清らかなひとときである。後:温かな夜汽車の灯りによみがえる、背負われた父の背の温もりである。退院の日であったのだろうか、忘れられない光景であろう。
○
原田 好美
アリゾナへ嫁ぐと賀状届きたり登校渋りいし教え子なりき
卒業式に校長式辞を無事終えぬわが教職の最後の仕事
評)
前:登校を渋りがちのかつての教え子の思いがけない知らせに、その幸せを祝福する作者の温かい思いがにじむ。
後:長年の教職を無事に終え、作者のほっとした気持が伝わってくる。下の句に長年の仕事の重みと充足感が伝わり感慨深い。
○
大村 繁樹 *
雪降り積む桜の花芽に思ふ妻入試への道に見し青きリボンの
みどりごの我を抱かむと帰り来し父よ咲き満つる桜の下に
評)
前:「青きリボン」の印象的な妻に出会った時の清らかな感動がよみがえる。ただし、各句の音数が多いので、全体に調べを整える工夫が要る。
後:作者を抱くために研究職を辞して遠方から帰郷した父であるという。その父の思いと満開の桜の下で抱かれた みどりご。胸の熱くなる回想詠である。
○
夢子
アメリカへ立つ日の我を見送りし母の心の号泣聴こえぬ
一枚も写真残さず
実父
(
ちち
)
逝きて訃報は十年我に届かず
評)
前:若き日の作者の決断であったのだろうか。母の心もまた作者の心も泣いていたのかもしれない。下の句が哀切である。
後:どのような事情であったのか、実父の死を十年間知らなかったという作者の悲しみを思う。その悲しみをこの一首に詠むことで、心の整理ができたら、と思う。
○
鈴木 英一
白梅の清楚な香りに歩み止むプロムナードの小さき梅林
コロナ禍に始めしZOOMクラス会続けてゆかんと全員一致
評)
前:散歩道で出会った梅林の清楚な香りに思わず歩みを止めた作者である。「プロムナード」から作者らしい明るく楽しい雰囲気が感じられる。
後:この一首とテニスの歌は、音数の多い初稿を思い切ってすっきりと単純化した推敲がとても良かった。
シニア仲間の皆さんの益々のご活躍を祈る。
佳作
○
はずき
断捨離に部屋片付きて住みやすく机の中もみごと整頓
三日間断捨離憎み後悔し物忘れ多き我を嘆きぬ
評)
前:推敲がとても良くできて、断捨離の良い所をすっきりとまとめている。
後:断捨離をしすぎて大切なカードを無くした後悔を正直に詠んで、読者の笑いを誘う。大抵の人には覚えがあるので共感を呼ぶ歌である。
○
紅葉
プレゼンをすれば一気に覚醒す命を縮めているのやも知れず
読まねばと思うストレス読みたいと思うほどには時が足りない
評)
前:上の句の緊張感にはっとさせられる。仕事の充実感を覚えつつ、ふとわが身の心もとなさが過る作者の不安が伝わってくる。
後:書物に向き合う現代人の嘆きをそのまま詠んで同感である。
●
寸言
前月の小松さんの「寸言」にあるように世界中に様々の混乱が起こり続け、解決の糸口さえも見出せない現実に胸の塞がる思いです。今日は、ISがロシアの劇場を襲って、133人が死亡したと伝えられています。これからの平和の秩序はどうなっていくのだろうと不安がつのる一方です。このような現実の中で戦火に怯える人々の苦しみが少しでも早く良い方向に進展してゆきますようにと心から願うばかりです。国内では能登半島の震災の復興を祈りつつ、今ある私達の命に感謝して丁寧に生きてゆきたいと思っています。ささやかな喜びも悲しみも怒りも今生きている証として歌に詠んでゆけたら、と思っています。今月の皆さんの歌はどなたもとても良い歌で、秀作、佳作に差がなく、非常に悩んだことを申し上げます。小松さんの助言にあるように自分に引き付けて、具体的に詠むことで読者の心に響く良い歌になると思います。どうぞ次回も良い歌をお寄せ下さい。お待ちしています。
清野 八枝(HP運営委員)
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