(2024年11月) < *印 旧仮名遣い >
清野 八枝(HP運営委員)
秀作
○
原田 好美
介護士に礼をしたいと願う我に人数多しと笑顔で言いぬ
入院の我に届きし友の画面十三夜の月清らに光る
ふるさとに帰りたいよう海青く輝き真珠を産むところへと
評)
前:お礼をしたいと願う作者の心を傷つけぬように応える介護士の笑顔である。最近では医療現場での謝礼を禁じる所が多いようだ。作者の感謝の気持は十分に届いていると思う。
中:入院の長引く作者に届いた友の動画であろうか。友の優しさに包まれる作者の喜びと清らかな月の光に心洗われる思いがする。
後:初句二句の率直な心情表現に打たれる。ふるさとの美しいイメージが浮かんできて、病に臥す作者の望郷の思いが切々と伝わってくる。
○
はな
吾を越しすらりと伸びし女孫来てかるがる磨く高き墓石を
一本のゆずりは剪れば涼やかに秋陽差し入るわが終の庭
評)
前:調べもリズムものびやかに楽しげで、遠くから来た孫の少女との墓参を楽しむ作者の心が伝わってくる。
後:ゆずりはの枝を剪ると涼やかな秋陽が差し込んできたこの庭を、自身の「終の庭」として、静かに、深い感慨をもって眺める作者が浮かぶ。古い葉が新しい葉に生長を譲る「ゆずりは」の姿が暗喩のように作者の心を映し出しているようだ。
○
紅葉
自ずから望んだはずの独立も茨なるらし楽な道なし
改札で待っていろよと言ったのにいつまで経ってもちぐはぐ夫婦
評)
初稿のみの提出であるが、最終稿にまでにはよく推敲がされている。
前:意欲的に自身の進むべき道を選び、挑戦している作者の厳しい現実を詠む。望み通り独立したが、現実は茨の道であるようだ。結句の「楽な道なし」に作者の嘆息と、しかし冷静に人生を見つめている目がある。
後:結句の「ちぐはぐ夫婦」がユーモラスで、掛け違った二人を温かく捉える作者の心に共感した。
○
鈴木 英一 *
京通り中学生の列続く追ひ抜かうにも我より早し
紐作り陶土の乾きは日で変はり思ふ形に出来れば嬉し
評)
前:初句により作者が京都の街中を歩いている様子が見えて効果的。修学旅行生の列がつづく様子も目に浮かぶ。 下の句は、中学生の体力に圧倒され追い抜かれる作者の苦笑が温かく詠まれている。
後:手捻りで壺作りに挑んだ作者が陶芸の苦労と喜びを、推敲を重ねて、丁寧に表現し得た。
佳作
○
夢子
初めからハリス氏推せば良かりしに未練に負けたバイデン民主党
戦い終えて日が暮れてまたトランプかデジャヴの様な悪夢の様な
評)
前:交代が遅すぎたと残念な思いをぶつけずにはいられない作者の思いが素直にそのまま詠み出され共感を呼ぶ。
後:作者の失望と絶望が率直に表現されている。まさに前回のトランプ政権がよみがえってくるのだから。
○
湯湯婆
近年の暑すぎる秋お月見に雪見だいふくお供えしたり
夫の腰押しつつ登る石段に銀杏ひとつ仰ぎて公孫樹
評)
前:異常な暑さの続いた秋。暑すぎるお月見なので、アイスを包んだ冷たい雪見だいふくをお供えしたという、軽いけれど、機知が楽しい一首。
後:上の句に夫を支える作者の姿が見え心を打つ。足元だけを見ていた二人が落ちた銀杏に気づき、頭上を見上げて公孫樹に出会った驚きと喜びを推敲を重ねて表現している。
○
はずき
人気高きクラスに入れぬ人多し胸痛みつつアロハで断る
日が暮れてトーチの明かりに照らされてフラとメレにて輝く舞台
評)
前:作者の携わるセンターの文化事業は地域の人々に喜ばれているが、人気の高い教室に入り切れない人々を断る辛さを表現しようと推敲をかさねた一首。
後:夜のセンターの舞台を描く。メレはハワイの人の心を伝達する「詠唱」で、そのメッセージを踊りで表現するのがフラだという。松明の明かりに照らされた神聖な舞台が浮かびあがる。
●
寸言
今年も異常気象が続き、思いがけない台風や豪雨による災害がおこりました。皆さんの地域は如何でしたでしょうか。この秋は我が家の皆が体調を崩しましたが、それも異常な天候のせいかもしれません。世界の情勢も混沌を増すばかりですね。再びのトランプ政権が世界をどう変えるか、戦争を止めさせることができるのか、ウクライナはガザはどうなるのか、不安な思いです。この世界の非常事態を引き起こしたのは、たった一人のプーチンのウクライナ侵攻であることを忘れません。来年こそ、この世界が一歩でも平和に近づきますように。皆さんの様々な思いが良い歌になりますようにと願っています。
清野 八枝(HP運営委員)
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