(2025年1月) < *印 旧仮名遣い >
小田 利文(新アララギ会員)
秀作
○
はな
書き初めの「進む勇気」に励まされ今日まで来しを我が孫は知らず
卵かけご飯の様な温かさ野良の子猫をそっと抱けば
評)
一首目、「めまい病み老いを覚ゆる正月は小さき雑煮をひとつ食べたり」と詠む作者であり、思うようにいかないことが増えてきた境遇にあっても、お孫さんの書き初めの言葉や文字に励まされて日々を重ねる様子が素直に詠まれている。二首目、「古き団地取り壊されてほっかりと冬雲のような空き地となれり」と同様、作者独自の感性が表現されており魅力ある作品である。
○
つくし
無事着きを告げし電話に応えくれし亡き母の声今も残りて
天草四郎ミュージアムに見し法度書のその筆跡に暫し動けず
評)
一首目、帰省先の実家から帰宅した時の様子が詠まれているが、「応えくれし」以下に亡き母親への思いが込められており、感銘深い作品に仕上がっている。二首目、歌に詠むには難しそうな題材だが、リズムの整った一首に仕上げることができた。特に下句に作者の工夫が感じられて良い。
○
原田 好美
長かりし治療に目処の立つ思い医師の告げたるその病名に
友よりの氷華の写真届きたりト音記号の形とも見ゆ
評)
一首目、治療を続けていても病名がわからないままではさぞ不安だったに違いない。治ったわけではなくても、医師から病名が告げられた時の作者の安堵が一首に良く表れており、共感できる作品である。二首目、「氷華」と「ト音記号の形」の組合せが成功して、魅力ある作品となった。
○
鈴木 英一 *
寒き朝筑波の双峰眺めつつ速歩続けぬ汗をかきつつ
数十年続けし版画年賀状つひに今年はネットに変へぬ
評)
一首目、初稿からあまり変えることなく仕上げることができた。筑波嶺を眺めながらの寒い朝の運動を詠み、清々しさを感じさせてくれる一首である。二首目、この新年は特に作者と似たような体験をした人が多いことだろう。版画の年賀状であれば楽しみにしていた人もいるだろうが、時代の流れで仕方がないことかもしれない。今の時代が良く反映された作品である。
佳作
○
はずき
敏速で嬉しくあれど新機種の操作に慣れず日々過ぎゆきぬ
若者には簡単操作のアイフォンもストレスばかりシニアの身には
評)
「友よりのクリスマスギフトのアイフォンに使い慣れたる機種より替えぬ」に始まる連作中の二首。いずれの歌も、新機種を喜びながらも、その操作に悪戦苦闘する様子が素直に詠まれており、共感を呼ぶ作品に仕上がっている。
○
夢 子
新年に何かが変わる気がしたがいつもと変わらぬ朝の風吹く
あと十年生きるとすれば七色の服を探して歩いてみよう
評)
一首目、新年への期待を詠んだ上句と、現実を詠んだ下句との対比が面白い。「朝の風吹く」には落胆ではなく、明るい気分も感じられる。二首目、「10年」を「十年」として採った。下句の発想が楽しい。
○
紅 葉
素直にはなれない自分教授からゴールが見えて来たと言われて
クリスマスイブの会社の昼休みトイレにこもれば歌の出で来る
評)
一首目、作品から細かな背景まではわからないが、教授から評価されても自信にはつながらない作者の内面が伝わってくる。二首目、昨年はイブもクリスマスも平日だったため会社で過ごす作者だが、普段とは違う気分にあることが下句に良く表れている。
●
寸言
今月は家族や知人との関わりを詠んだ作品が多いことが印象に残った。国内での自然災害や凶悪犯罪の多発、世界情勢の目まぐるしい変化に不安を覚えるとともに、とりとめもない日常の大切さを感じる日々である。その日常を丁寧に詠んだ作品の重みを感じながら、新年の始まりを過ごすことができたことを喜びたい。
小田 利文(新アララギ会員)
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