(2025年12月) < *印 旧仮名遣い >
水野 康幸(新アララギ HP運営委員)
秀作
○
ふで
地下鉄のトンネルを過ぎ目の前に見知らぬ町の景色広がる
灰色の初冬の街に夕陽受けオレンジにひかるビルひとつあり
黒髪のぞく金髪娘がプリンなら染髪我は初冠雪か
評)
前:初稿のままで完成とした。暗いトンネルと見知らぬ町が開ける対比が鮮やかである。中:「オレンジにひかるビル」に焦点を当てることにより、歌のまとまりがよくなった。後:思い切った例えが面白い歌。
○
夢子
神様も意地が悪いね人間は他の生き物食べねば生きず
神さまは空のどこらにいるのやら人の心にそっと灯る火か
死の手前意識はどこへ行くのだろ科学の筆はそこで止まりぬ
評)
前:なるほどと思わせる事に焦点を当てた。人間は怖い、どんな生きものも食ってしまう。中:「空のどこら」という言葉はないので、「空のいづこ」にいるのやら、としたらよかった。後:死は誰もが経験し、誰もが知ることができない、それだけミステリーなものである。
○
鈴木 英一
参拝者の写経勧進によみがえりし七堂伽藍に心打たれり
かつて見し西塔跡の仏足石を大講堂の裏に見つけぬ
評)
前:勧進とは、堂塔などの建立のため人々に勧めて寄付を募ること、と辞書にある。写経をして寄付を集め、七堂伽藍がよみがえったのだ。後:仏足石を大講堂の裏に見つけた。正に発見だったことだろう。
○
原田 好美
富士の秋種々の方より写したる富士山ありてどれも聳える
紅葉観て夫と二人で麦とろとわらびもち食み笑顔こぼれる
評)
前:富士の歌は色々あるだろうが、これは様々の角度から写した写真を見ての感想である。後:紅葉を見てわらび餅を食べ、夫婦で微笑み合う情景を歌にした。やや詠みこむ事柄が多すぎたかもしれない。
○
紅葉
コーラスの声が聞こえる教会の坂を下って歩みゆく朝
2か月に一度だけ来る2か月に1日だけの仕事の日なり
評)
前:歌声の聞こえる教会の坂を下ってゆく様が詠われている。最後の「朝」は省略した方が良いかも。後:2か月に一度だけの仕事とは、どんな仕事だろうか。特にそれを言わず、読者に考えさせる点が面白いのかも知れない。
佳作
○
西村よしひろ
弱き陽の
木守
(
きも
)
りの柿を染める夕さみしき色の秋は深めり
評)
評:なかなか良い歌だが「弱き陽」と「夕」が重なっており、夕の位置を考えた方が良かったのではないか。例えば(夕暮の弱き陽が柿の木を染めてさみしき色の秋は深まる)のように。次回は頑張って5首に挑戦して下さい。
●
寸言
短歌は下の句に焦点があるので、感動の中心となるものを歌の終わりに持ってくるのが良い。そのためには、上の句と下の句とを入れかえて、どちらが良いか推敲するのがよい。また、全般的に色々詠みこんで、結局何が言いたいのかが不分明になることがある。単純化ということも、歌の大原則のひとつである。これらは基本的なことだが、再度指摘しておきたい。
12月は年末の忙しい時にあたるため、投稿がやや少ないように感じた。新年は更に気持ちを新たにして、歌に取り組んでいただきたい。
水野 康幸 (新アララギ HP運営委員)
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