作品投稿

作品募集要項

短歌をお寄せ下さい。作品には運営委員による指導があります。以下の手順でお願いします。

(1)「初稿」の提出。1人1か月に5首まで。自作未発表作品であること
(2)「改稿」の提出。「掲示板」での添削等を取り入れた改作。この提出は月3回程度。
(3)毎月20日までに「最終稿」と明記して、1人3首まで(厳守)を、指導を受けた作品の中から自選して、あらためて提出
(4)ハンドルネームを使用してもよいが、混乱が生じやすいので頻繁に変えないこと。
(5)「新アララギ」本誌の会員は、ここに投稿した作品を本誌に二重投稿することのないように注意する。
(6) 投稿された作品は選抜の上、「新アララギ」誌上又はインターネット上のホームページに掲載される。掲載後は原則、削除や消去は不可である。


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今月の秀歌と選評



 (2021年4月) < *印 旧仮名遣い

大窪 和子(新アララギ編集委員)


 
秀作
 


山水 文絵

目の前の自分のアパート見えぬがに過ぎ行く母を追いて悲しむ
ハイハイの突撃せんと向かう先ステレオ音量銀色つまみ


評)
前の歌、母上に兆し初めた老いを目の前にした娘の思いが鮮明に描かれた。
後の歌は孫であろう幼児の関心事はステレオのつまみ。それぞれの時を生きるそれぞれの姿が印象的だ。
 


上野 滋

朝霧の上に浮きたる備前富士「これからよろしく」吾は帰り来ぬ
リクルートスーツの君らと並び立つ老医の吾も仲間となりて


評)
前の歌、長年の都会暮らしを終えて故郷に帰ってきた喜びが素直に感じとれる。
後は、これから社会に出る若者たちと、経験を積んだ医師として交わってゆく作者。これも喜びである。「仲間となりて」がとてもいい。
 


はずき

こんなにも術後の視力は鮮明か初めて知らさるシワ多き顔
朝起きてメガネをせずに時間知るこんな私が蘇るとは


評)
白内障の手術だろうか、視力が戻った喜びが二首ともに率直に描かれていて、思わず「よかったね」と相槌を打ちたくなる。
 


鈴木 英一

古希過ぎし我らもZOOMで同窓会いつも病気の自慢で終わる
掃き清められし境内の石仏いしぼとけ赤き椿は固まりて落つ


評)
同窓会は今や不要不急か。それでも、とオンラインで開く同窓会。下の句が微苦笑を誘い、効いている。後の歌、椿の季節感がよく、静かな境内の雰囲気が好もしい。
 


時雨紫

抹茶には秘薬ひそむか師の君は物に動ぜぬ静心持つ
その立ち居に母の姿が重なりぬ畳を滑る足袋の音まで


評)
茶人である師を尊敬する作者。上の句の捉え方がユニークで面白い。その師の君に重なるやはり茶人であった母の面影。後の歌は下の句の具体的な表現が一首を生かしている。
 


吉野 純香

検査数値を良しと言われた母と見るコロナ速報過去の最多に
抗癌剤治療の母を看護師に託して我は新アララギを読む


評)
悲喜こもごものひと時をうまく捉えている。取り敢えず快方に向かう母上を託して、作者は入会したばかりの「新アララギ」を読む。共にありのままを詠っていて爽やかに仕上がった歌。
 


大井 美弥子

帰り道にあれは満月なのかなと並んで歩く友いる嬉しさ
SNSに上げそびれたまま思い出は画像フォルダに取り残される


評)
二首ともに若々しい感性が感じられる。喜びもかなしみも現代に生きて居る雰囲気が伝わって好もしい。
 


大村 繁樹

妻の愛でし白き馬酔木の項傾うなかぶし咲きて思へり祈る姿を
芽吹き待つ楓の森の万葉歌碑釈谷石もて父ら建てたり


評)
一首目、しみじみとした妻への挽歌。二首目の「釈谷石」は作者の地元の名産品である。その石で万葉歌碑を建てられた父上。ご家族に中に脈々とある短歌の流れが読み取れる。
 
佳作



夢子

ラッキーのお嫁さんにと頂きし仔犬のココのミルクの匂い
クンクンと匂いを嗅いでラッキーはこの仔は誰と我を見かえる


評)
二首共に家族のような愛犬の様子が目に見えるようだ。ペットの歌は難しいが後の歌、ラッキーの振る舞いがうまく捉えられている。
 


鮫島 洋二郎

少年が横断歩道を渡り切り下げし頭に桜散りくる
源じいは春田に立てば腰延ばし心通わすヤンマー農機


評)
少年のちょっとした礼儀正しい振る舞いがほのぼのと伝わる。後の歌もいいが、「源じい」が誰なのかわからないのが惜しい。作者なら、これはいらない。
 


原田 好美

王墓より出土せし豆やっと咲きぬツタンカーメンのエンドウ紫の花
貴女のこと詠んだのと生徒に歌を見せ目を見合わせて微笑み交わす


評)
何千年前の種から?と半信半疑になるが、本当ならすごいと心惹かれる。後の歌、友達のような先生と生徒のやり取りが微笑ましい。
 


はな

折り菜持ち友訪い呉れる厨辺は菜の香に満ちて春の野となる
山裾の田には水満ち蛙鳴くアルトにテナーに命の春を


評)
「折り菜」とは菜の花のこと。春が溢れているのが十分に感じられる。後の歌、下の句の比喩は歌としては面白いが多少現実感に欠ける。難しいところ。
 


紅葉

非対象に白くひろがる富士山の遊覧飛行のごと旅が始まる
ひめゆりの病院壕とは名ばかりに朽ちし丸太の今も残れり


評)
富士山の上空を飛んだこきの感じが面白い。そして沖縄へと。後の歌、これまでにも詠まれている題材だが、悲しみは今も新しい。
 


清水 織恵

川の辺をひとり歩めばマスクせず風にさらされ落ちつかぬ頬
中わたに春風入れて干す日向母の寝巻のバラも喜ぶ


評)
コロナ禍の中の不思議な違和感が詠われていて、ユニーク。二首目の結句はともかく、他の歌にも多用されている比喩は安易な表現に感じられるので、あまり賛成できない。
 



強風にたわわな椰子の実の揺れて隣のプールに落ちるがに見ゆ
オアフ島に冬を過ごししコレア鳥五月になれば北へ飛び立つ


評)
プールの際に椰子の木が立っている情景が面白い。後の歌はコレア鳥の姿が少し分かるとよかった。鳥の渡りは普通のことだから。
 


中野 由紀子

洗い物の水の波紋が壁に映え光のゆらぎがアートにかわる
蜜蜂はオシベの森に潜りこみ花粉まみれで蜜を採りこむ


評)
二首共に纏まっていて綺麗な歌だが、少し淡い。この調子で詠み続けて行けば、作者らしい個性が生まれてくると思う。
 
 
寸言

 変異株が幾つも出現してコロナウイルスは相変わらず世界に蔓延しています。東京も大阪も一日1000人を超える感染者を出し、先が見えない有様。そんな中でこのサイトに投稿される皆さんの作歌意欲には感心しきりです。殆どの方が歌の形は整ってきているので、これからは歌の中身、深さを追及して行きましょう。全ての日本語に目を向けて。そして歌の良し悪しはその言葉が一首一首に生きているかどうかがということです。

 
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