作品投稿

作品募集要項

短歌をお寄せ下さい。作品には運営委員による指導があります。以下の手順でお願いします。

(1)「初稿」の提出。1人1か月に5首まで。自作未発表作品であること
(2)「改稿」の提出。「掲示板」での添削等を取り入れた改作。この提出は月3回程度。
(3)毎月20日までに「最終稿」と明記して、1人3首まで(厳守)を、指導を受けた作品の中から自選して、あらためて提出
(4)ハンドルネームを使用してもよいが、混乱が生じやすいので頻繁に変えないこと。
(5)「新アララギ」本誌の会員は、ここに投稿した作品を本誌に二重投稿することのないように注意する。
(6) 投稿された作品は選抜の上、「新アララギ」誌上又はインターネット上のホームページに掲載される。掲載後は原則、削除や消去は不可である。


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今月の秀歌と選評



 (2026年6月) < *印 旧仮名遣い >

水野 康幸(新アララギ HP運営委員)


 
秀作
 


ふで

故郷の富士が一番宝永山あるのが良いと御殿場の人
原っぱに友らと遊びし夕焼けのはるかかなたに見えし富士の
手を伸ばし取れそうなほど間近なる雲流れゆく富士の五合目


評)
前:「宝永山の見えるのが何と言っても一番富士だ」と言って、御殿場の人が勝ち誇っているのを見て作ったかのような歌である。中:作者が幼いころ原っぱで遊んでいた時、かなたに見えたのが富士だったのか、幻のような記憶である。後:実際に経験した目に見えるような描写である。
 


まどお

補聴器を付けない姑との面会は互いに笑みを交わして終える
濡れ縁に亡兄の表札置かれいて野良猫らしきが跨いで通る


評)
前:補聴器が嫌いな姑との面会は作者もうまくできないようで、その微妙な状況を表そうとした。後:兄が死去してその表札が何故か縁側に置かれている。その上を野良猫らしきネコが跨いで通って行った。一抹の寂しさも表れているようだ。
 


原田 好美

久しぶりに会いし友よりいただけるマーマレードの苦味仄かに
旧友と交わす言葉にその時に教えし子らの顔思い出す


評)
前:甘いマーマレードが友よりもらうと仄かな苦味を感じた。後:先生同士で話していると、懐かしい教えた生徒たちの顔を次つぎと思い出したというような歌である。
 


鈴木 英一

大温室にヒスイカズラの房下がり色も形もアートそのもの
順路脇にこれが草かとウツボカズラ袋を備え虫を採るとは


評)
前:植物園を巡ってゆくとヒスイカズラの房が下がっていて、それがまるで人工物のアート作品に見えたという。後:食虫植物には誰も驚かされる。ありのままの感動をそのまま歌にしている。
 


あご

校庭に昼休み来る風は走りぬけ笑いころげる声は空へと
教室の窓に残りし指あとは誰が付けしか吾もなぞりぬ


評)
前:「笑いころげる声は空へ」と言う表現に特色がある。後:指あとなので、ナイフで掘った落書きのようではない。窓ガラスに残ったあとを、そっとなぞって見た、という歌。
 


湯湯婆

庭のイチゴを手でちぎり初なりと二粒くれしとなりの家の
隣の庭で育ちし苺は甘くなく酸っぱくもなく初物うまし


評)
前:初なりですと言って、たった二粒のイチゴをくれた娘は何歳くらいだったのだろう。可愛さがよく表れている。後:「初物うまし」が結論なので、最後に結語をもってくると「ああそうですか」と言いたくなり、余韻が無くなる。しかし、言いたいことははっきりしている。
 


つくし

十一年共に暮らせし犬なれど肺を患い食も細りぬ
停電が続いてろうそく立てし夜エンゾのお腹をさすり続ける


評)
前:犬が弱りゆく様子を「肺を患い食も細りぬ」としっかりと描写している。後:この歌も「犬の名のエンゾの腹をさすり続ける」とだけ述べて作者の犬に対する愛がよく表現されている。
 

佳作



夢子

眠りつつふと息とぎれる闇の底知らぬあいだにもとの息継ぐ
息止まるとはかくも微かなことなるか気づかぬうちにこの世去るらむ


評)
前:「無呼吸の歌」というむつかしいことに取り組んでおられることに敬意を表したい。普通の描写ということがむつかしい題材だが「闇の底」という語を用いて表現している。後:息止まることは微かなことか、と言って、この世を去るときもこのようだろう、と言っている。このような題材を扱うことに応援する。
 


紅葉

似たようなDNAを持っているOBたちが恩師を囲む
聞いている他人もつらいパパさんよそんなにきつくやらないでくれ


評)
前:「OBたちが恩師を囲む」の語が「恩師と同じような性格」を持っているという意味がやや薄れたように思う。後:もとの歌には「連休に」の語があったが、意味をはっきりするためにこれを失くしたため、全体の状況が不明になった。短歌はむつかしい。
 
 
寸言

 毎回、皆さんから最終稿を集め、秀歌と佳作に分け、良い歌から順に並べてゆくのだが、今回ほど困ったことはなかった。皆良い歌ばかりで順位を付けられない。佳作にした歌でも、ここに置いて良いものか、と迷ってしまう。皆さんがどれほど努力して作った歌かを思うと、皆、秀歌で上位に置きたくなってしまう。したがって、皆さんのお歌が全部上位のものと思っていただきたい。せっかく努力して作った歌を下位に置きたくないのである。新アララギの選者の皆さんも、新アララギの誌上で歌に順位をつけることに躊躇われる方もおられるのではなかろうか。何か愚痴のような寸言になってしまったが、ホームページ委員のこういう苦労を考えて、皆さんもこの欄を見ていただきたい。

       水野 康幸 (新アララギ HP運営委員)
 
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