作品投稿

作品募集要項

短歌をお寄せ下さい。作品には運営委員による指導があります。以下の手順でお願いします。

(1)「初稿」の提出。1人1か月に5首まで。自作未発表作品であること
(2)「改稿」の提出。「掲示板」での添削等を取り入れた改作。この提出は月3回程度。
(3)毎月20日までに「最終稿」と明記して、1人3首まで(厳守)を、指導を受けた作品の中から自選して、あらためて提出
(4)ハンドルネームを使用してもよいが、混乱が生じやすいので頻繁に変えないこと。
(5)「新アララギ」本誌の会員は、ここに投稿した作品を本誌に二重投稿することのないように注意する。
(6) 投稿された作品は選抜の上、「新アララギ」誌上又はインターネット上のホームページに掲載される。掲載後は原則、削除や消去は不可である。


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今月の秀歌と選評



 (2026年4月) < *印 旧仮名遣い >

小松 昶(新アララギ HP運営委員)


 
秀作
 


つくし

脳内に動脈瘤があると知り眠れずにいる大寒の夜
生きたいと願う気持ちが強くなる死の可能性がちらつき始めて


評)
一首め、脳動脈瘤は破裂すると死亡が三割、後遺症が三割、という。しかも寒さで血圧が上がると破裂しやすくなるのだ。命に関わる緊張感が具体を通じてひしひしと伝わってくる。二首め、上の句が下の句を受けて素直に表現されてい、心境が読者にストレートに届く。「術式を詳しく説きゆく若き医師に我の命を託さんと思う」よき医師に出会えたことが救いであった。
 


鈴木 英一

壊されし防潮堤跡つぶさに見て津波の威力思い知らさる
辛うじて残るホテルの四階に涙ながらのその時を聴く


評)
一首め、東日本大震災の津波により破壊された地域の見学(三陸鉄道のツアー)の一齣である。映像で見た衝撃は忘れられないが、その地を訪れた感慨が具体的にしっかり詠まれている。二首め、ホテルの四階まで洪水は襲ったという「たろう観光ホテル」であろうか、その悲惨さを語る人は、涙を禁じ得ないのだ。大災害も時が経つとつい忘れがちになるが、決して忘れてはいけないという作者の声が聞こえる。昨日も北陸・北海道に震度5の地震があった。
 


ふで

冬去りてはや花便り年ごとに速さを増しぬ時の流れは
卒業の日に仰ぎ見し天頂に白く耀くひとひらの雲


評)
一首め、ある年齢に達すると時の経つのが早く感じられるようになる。上の句に具体を提示し、下の句に思いを述べて説得力がある。二首め、将来の夢に向かって一歩を踏み出す卒業の日、そのわくわく感が下の句の雲に委ねられている。「空爆に戦死戦傷テロ破壊そんな見出しに慣れゆく我は」もそれではいけないという吾々の気持ちを代弁してくれている。
 


湯湯婆

五分咲きの桜の花の淡き色落ちんばかりの雲に溶けいる
桜より春告げる声の小さくも指先ほどのすみれの花咲く


評)
一首め、いまにも雨の落ちてきそうな垂れ込める雲に桜の花が溶け込んでいる。艶やかな花が泣きそうに見えて来る感じだろうか。ある不安を伴う雰囲気が醸し出されていよう。二首め、世間では春といえば桜ばかりがもてはやされるが、小さな菫の花も、桜ほどには目立たないが一生懸命に咲いていますよ、とよい所に注目された。
 


原田 好美

小ぶりなる西洋石南花陽を浴びて濃き紅色の鮮やかなれり
デイケアの向かいの席に座りいる白寿のひとの笑い磊落


評)
一首め、欧米で品種改良されたこの花は日本のものより育てやすく花も豪華であるという。その花に感動している様子が活き活きと目に浮かぶ。二首め、日本女性の平均寿命は87歳、40年連続で世界一という。こんな快活で元気な長寿者に自分もなりたいものだという気持ちが窺える。
 


あご *

この坂に手を振りし君影ゆれて行き交ふ人に櫻はらはら
雙葉散りかへらぬものをさかずきを重ねつつあり昔は今に


評)
一首め、詳細は不明であるが、「はらはら」は涙にも通じ、ある一定の年齢に達した作者の、さる女性との悲しい別れの春の思い出と解釈・鑑賞した。歌は読者にあれこれ想像させる余地を残しておくのもよいものだ。二首め、若かった二人ゆえ別れてしまった(雙葉散りかへらぬもの、がうまく表現している)、酒を飲んでいるとそのころの事が蘇ってくるというのであろう。読者に、「そう言えば自分にも、、、」という心の震えるような思い出を蘇らせてくれる。
 


紅葉

焼骨の間に眺める窓の外今年の花の咲き初んでいる
付き合いの深まることなく親族のままでありたり義理の弟


評)
一首め、義理の弟さんの挽歌と思われるが、既に触れたように「初んでいる」が分かりにくい。「初めている」「なずんでいる」ならわかるのだが。二首め、こんなに早く別れがくるのなら、生前にもっと交流を深めたかったな、という悔いが読者の胸を衝く。「席をとりメガネを外し背もたれに身を沈める朝のルーティン」は、出勤時のため息や気怠さが具体を通して表現され、「身を沈める」の字足らずがアンニュイを巧妙に助長している。
 


夢子

あれほどの肩こり消えてへなへなの薄き肩なる九十路かな
肩こりの消えて久しき卒寿にて首の重さの耐えがたき日々


評)
一首め、高齢になると筋肉も薄くなり、コリは消えても安定感がなくなるのか。高齢者の現実の辛さが具体的に詠まれていて訴求力がある。二首め、同じく具体的で訴えの強い歌である。スマホ、パソコン、テレビなど長時間力んで見ていませんか?無理のない範囲で少しずつ動かしてみましょう。「九十三の手足はかう重いものなのか、、、」と詠んだ文明は百まで生きた。
 


 
寸言

 漸く過ごしやすく花の明るい、また、学校や仕事の区切りとなる季節が巡ってきました。今回もそういった場面や身の回りの印象深いことがつぶさに詠まれ、楽しく鑑賞できました。ただ、世界に目をやれば大国の身勝手な振舞がますます際立って来て、日本の進路の選択も正念場を迎えているように思います。そういう歌も読めることを期待しています。

       小松 昶 (新アララギ HP運営委員)
 
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