短歌雑記帳

「歌言葉雑記」抄

むかう・むかふ(1)

 こちらの出頭命令に応じて、本がすぐ出てくれない。毎日ガサガサと何か捜している。そうすると以前あきらめたやつが、ひょいと顔を出したりする。かと思うと、今机上に有ったものがたちまち雲隠れ。書物はどうも自らの意思で遁走するものらしい。
 運よく今、内田百閧フ「けぶりか浪か」という随筆集の文庫本が机にある。これを逃がさないように押さえて、今回の話の材料にしたい。
 この本の中に「散らかす」という文章がある。「話を散らかすから前以ておことわりしておく。」という例の調子で書き初める文章だ。次の行から少し引用してみる。この人は戦後も旧仮名遣を固執した人である。ルビは煩わしいのであらまし除く。
  その当時の中等教科書に私の文章を採録したいと云ふので、許諾を求めて来た。教科書の版元は一流の出版書肆である。私の書いた物に手を加へないで其の儘載せると云ふ註文をつけて承諾した。
  その当時と云つたのはさう古い事ではないが、それでも今度の戦争よりは大分前の話である。
 その内にその章のゲラ刷を送つて来た。見ると一ヶ所気に入らぬ所がある。私の慣用する仮名遣ひを先方で変へてゐる。ゲラ刷に朱筆を入れて返送しただけでは埒(らち)があかないだらうと思つたから、自分でその版元の本屋へ出かけた。「向う側」「向ふ側」の送りに出てゐる仮名遣ひの問題である。本屋は神田にある。小川町で電車を降りた。
 以下小川マチ、須田チョウを小川チョウ、須田マチと呼ぶ車掌やアナウンサーがいるという話から、服装や靴やシルクハットやしまいには鰻(うなぎ)飯の話になり、「ついこの前の五月は大の三十一日の内、二十二日お重を食べてゐる。止(や)んぬるかな。」と、予告の通りにさんざん話を散らかした挙句、小川町で電車を降り、版元の本屋に言って申し入れたことは、「向ひ」は「向ふ」の転来名詞であつてそれと「側」又は「岸」がつながつて「向ひ側」「向ひ岸」の複合名詞が出来る。向ひの「ひ」が音便で転音する。音便は母音で書き表はす。
  「向う側」の「う」と「向ふ側」の「ふ」とはもともと違ふ。私が「向う側」と書いてゐるのを、ゲラ刷に「向ふ側」と直してあるのは不都合であると云ひに来たのである。と、ばかに七面倒くさい説明であるが、これは口頭で言った通りに書いたのだろう。さて、最 後に百閧ヘ記す。「応接に出た人が何と云つたか忘れたが、その場は多分御無理御尤もであしらはれたのだらう。後から出来た教科書を見たら、矢つ張りゲラの儘で、直つてはゐなかつた。」
 要するに「向う側」とあるのを「向ふ側」と版元の本屋が勝手に訂正したので、直接ねじ込んで談判したが、受けつけられなかったという話である。内田百閧ヘ、「向う側」は(仮名で書けば、ムカウガハとなる。)「向ひ側」の音便で「向う側」となるのだから、それが絶対に正しいと信じていたに違いない。

筆者:「新アララギ」代表、編集委員、選者

駄 話


   ごく最近添削を不服として、「私の使わない言葉が入っているから、この歌は捨てたい」と言ってきた人がいる。 添削が気に入らないから捨てたいと思うならば、一々言ってこなくても自由に捨てればいいのであって、こちらとしては見所があれば何とか手を入れてでも採り上げたいと思っているだけのことだ。 手を入れすぎると作者の歌ではないという感じが生まれる危険性がある。 そんな時はどしどし捨てればいい。 ただ、作者の「使わない言葉」とか「知らない言葉」となると問題だ。 本当は「知っている言葉」よりも「知らない言葉」の方が多いのではあるまいか。 
作者が「使わない言葉」と言っても、作者がうぬぼれているほどに「使っている言葉」「知っている言葉」が多いのかどうか、私は疑問に思う。 添削によって教えられる言葉も多い筈だ。
   添削されてまで採られたくはないというなら、こちらも添削してまでは採らないということにすれば済むことで「ここは惜しいな」というような仏心を捨て去ればよい。
簡単なことだ。

石井登喜夫

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