短歌雑記帳

「歌言葉雑記」抄

「まかがやく」

  赤彦の第二歌集「切火」の諏訪湖を詠んだ作品の初めに、

  夕焼空焦げきはまれる下にして氷らんとする湖の静けさ

というよく知られた歌がある。大正二年の作品である。これを大正十四年に出した自選歌集「十年」に載せるに当たつて赤彦は一、二句を「まかがやく夕焼空の」と訂正した。「夕焼空焦げきはまれる」という部分に不熟なものを感じたためであろう。「夕焼空」と言ったら、それだけで十分で更に「焦げきはまれる」などと強調する必要はないという見方も成立すると思う。しかしそれでは「まかがやく夕焼空の」は完全な表現か。確かに整った形にはなった。その代り力がないのだ。原作のような勢がなくなってしまった。私は意味上は多少の欠点があっても、「夕焼空焦げきはまれる」という原作の持つダイナミズムを愛する。「まかがやく」などという力のないひびきの弱い語をどうしてこの歌にかぶせてしまったかと残念にも思う次第だ。

 さてこの「まかがやく」について考察したいのだが、これは勿論、マ・カガヤクで、マは接頭語である。このマという接頭語は「ま清水」「ま悲し」などと名詞や形容詞にはつき易いが、どうも動詞にはつきにくいのではあるまいか。マ・サグルというのがあるから、例があることはあるが、このほかには「熊木酒屋にまぬらる奴(やつこ)わし」(万葉集三八七九)のマ・ヌラル(叱られる)という語ぐらいしか思いつかない。赤彦の使った「まかがやく」は恐らく前例のないもので、勝手に作った歌言葉であると言えそうである。ただしでたらめに思いついて使ったのではあるまい。茂吉の「あらたま」には「まかがよふひかりたむろに蜻蛉(あきつ)らがほしいままなる飛(とび)のさやけさ」(大正十二年作)以下「まかがよふ」の使用が五例ある。これはマ・カガヨフで、これも前例のない茂吉の新工夫による歌言葉であったと思われる。カガヨフとカガヤクは意味の接近した語であるから、赤彦はこの「まかがよふ」から、「まかがやく」を思いついたのではあるまいか。

 もう一つ考えられることは、日本書紀巻八の仲哀天皇のところに「眼炎(まかかや)く金・銀・彩色、多(さは)に其の国にあり」と新羅についての神託の記事がある。この「まかかやく」(古代は清音)は、目が輝くという意で、マは接頭語ではないが、ここからヒントを得たかも知れない。しかしこんな細かいところにまで赤彦が注意したとは考えにくい。茂吉の昭和十四年十五年作を収めた歌集「のぼり路」のなかに「眼(ま)かがやく野間の岬の浪のいろまと面(も)にありて古へおもほゆ」とあるのは、この書記の文章によるらしくも思える。同じく「のぼり路」に「まかがやくこの新年(にひどし)に現津神(あきつがみ)わが天皇をあふぎたてまつる」があるが、これは赤彦の「まかがやく」を気軽に踏襲したものと考えられるのである。

           筆者:宮地伸一「新アララギ」代表、編集委員、選者


寸言


掲示板投稿作選歌後記

  投稿者から、新しい切り口の歌が詠みたいということがあったが、社会はますます複雑になり、さまざまの社会現象が吾々を襲う。そのなかで、新しい切り口とはなにか、考えて見るに、その錯雑な社会のなかで、いかに純なものを保つか、いかに深いものを湛えるかということにほかならないのではあるまいか。同時に今までにない新しい内在するこころを自身で深めることでもあろうか。
 そういう覚悟で歌う作品が、新しい切り口を呼び込んでくれるものとおもう。


                    大井 力(新アララギ編集委員)



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