短歌雑記帳

宮地伸一の「アララギ作品評」


○妻を秘め誘はれたりしドライヴにすさみ初めしと君に告げむか      川口美根子

【宮地伸一】「妻を秘め」というのは、やや通俗的なにおいもするが、なかなかうまい表現のようにも思う。「すさみ初めしと君に告げむか」には、甘く訴えるような女性の媚態が含まれている。「妻を秘め」られてもその実、本人は少しも「すさん」でないのであろう。真実すさんでいるなら、下句の甘さは切り捨てなければならない。最も歌の上では、この媚は己れ自身に対する媚態にもなってくるのである。その方が大事であったのかもしれない。

【小暮政次】「妻を秘め」は私は嫌いである。宮地君の評は行き届いているが、私はこういう種類のうまい歌にはあまり興味がない。こういう歌を作り得る、ある時期については興味があるが。

○病棟のあはひに夕べ降りいでし雪に驚く数百の兎      岡井隆

【小暮政次】手ずれのしない、(こういう言葉もいやだが)感覚の歌として、この一つをとり上げてみた。それでも、「あはひに夕べ降りいでし」あたりは類型的なものになっている。こういうところを、既製品の枠から出てゆくのは、なかなかむずかしいだろう。

【宮地伸一】「あはひに夕べ降りいでし」はたしかに類型的だが、下句の「雪に驚く数百の兎」という把え方が比較的新鮮だから、上句の類型的表現がさほどの弱みになっているとは思えない。価値的には取り立てて言うほどのものでないにしても、在来の歌境から一歩でも抜け出ようとする作者の心がまえが窺われて好ましい。これだけではいくらも抜け出ていないともうえようが、実際はわずかの差をつけるのにも苦心を要する所だ。

昭和27年11月号

 (漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)



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