短歌雑記帳

宮地伸一の「アララギ作品評」


刈稲の中より拾ふ稗草の三種類ありて川に投げこむ
                   佐藤 熊司

ひからびし田に稗を抜く稗にのみあぶら虫上るをいぶかりながら
                   酒井 良一

稗を抜く吾に昼餉を告ぐる声まばゆき稲穂の彼方よりして
                   新井 芳雄

 稗を抜く苦労は、万葉の民謡からも窺われるが、現在でも稲作の妨害をして苦労かけている様子は正に上の歌の通りで、少くとも農業を知らない私などそういう事を知らせるだけの力は持っている。歌そのものは地味だが、生活に密着して具象的なものを捕らえているから快い。

わが力尽くし耕しし稲田なれど稔りおくれしいく所かあり
                   稲山 鶴雄

豊作にやうやく買得しリャカーを笑みつつうからら庭引きめぐる
                   向井 昭三

わが汗の滴も稲に注ぐ念ひ旱魃四十日のけふ過ぎむとす
                   稲森 四郎

新品種に群りゐたる参観者らあぜ際の穂を亦も捥ぎ行く
                   杉本 勝男

茂る稲の株間に首をさし入れて草取るにおのれの口臭にほふ
                   境  清継

 出詠の時が、ちょうど収穫期にあったためか、こういう類の歌もかなり目についた。いささか常識的ではあるけれども、素朴な歌い方の中に農村生活の感動を盛り上げている。

山羊を視るも目的の一つ宿に上りビールを飲むも又その一つ
                   柳澤 健一 

わが歌を妻もわが子も読むなてば偽りて詠むわけにも行かず
                   桑高 房治

連休日も人並には休めぬぞ大事の患者がすぐ転医する
                   選  数男

吾が病みて用なくなりし自転車の銹びしをねらふ古着屋二軒
                   松尾 富雄

退院する友より尿瓶もらはむと狙ひゐる我と高山君と
                   藤掛 久夫 

 作の出来具合はとにかくとして、それぞれに軽いユーモアがあっておもしろい。日常生活の中に見出すささやかな笑いを作品化して作者は楽しんでいる。それに対してつべこべ文句をつけなくてもいいのである。

昭和三十一年二月号 その三

 (漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)



バックナンバー