短歌雑記帳

宮地伸一の「アララギ作品評」

 十一月号作品評 其一   小市巳世司 宮地伸一  (一)

気力つよく張りて生きよと言ふは誰か思ふ心に副ひて生きなむ               上村 孫作

 [小市] 気を張って生きよと励ますのは誰か。近い人はもちろん遠い人も恐らく。もしかしたら畑の大根さえ。
そしてその思う心、願いのままに「生きなむ」とする作者自身が誰よりも強く。下の句が特に心にひびく。

 [宮地] 次の歌の

「気を張りていつまでも生きよと言ふか親なる我を思ふ心よ」

は、励ます人が分るが、この歌では「言ふは誰か」であるから、それとは少し別の詠みぶりなのであろう。
しかし「誰か」と言わないで「気力つよく張りて生きよと言ふ声す」などと言うこともできよう。

下の句の「思ふ心に副ひて生きなむ」は、佳句であるが、その際はいくらか変更する必要もありそうだ。
今月の作中では

「恋ひ思ふ心は過去のものにして時は逆さに流れて行かず」

の単純明快な詠歎にも感銘した。

八十回瞬きをして目を洗ふ久しく五十回なりし洗眼
                                       友広 保一

 [小市] 私は水道管の水で朝起きた時に目を洗う。しかしそれはせいぜい三回か四回だ。作者のように八十回もするのは並のことではあるまい。
やはり水で洗われるのであろうか。ただの水でなく薬かも知れない。いずれにせよ、「瞬きをして」が私の場合と同じ仕草なので親しみを覚える。ただし、下の句は私には蛇足のように感じられた。

 [宮地] 前よりも瞬きの数をふやしたというところに感概があるのだろうが、私も下の句はあえて言わなくてもいいところだと思う。

                     (続く)

(昭和63年新年号)

(漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)



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