短歌雑記帳

アララギ作品評

 2012年11月号選歌後記    三宅 奈緒子

「安保反対」叫びて翌朝尾瀬に発ちし二十一歳なりき危ふかりにし 
わが遂に講義に加へむ『源氏物語』ロシア人教師に直(ただ)に真向ふ
                     千葉 裕子

 前作は作者の若き日の姿で、そのままいきいきとかの時代を思わせる。その人が今はロシアにあって、若き人々に露語訳の源氏物語を講義しようとする。その意気、壮なりといえるだろう。はるかに成功を祈る。

久々に出で来し山路石あれば石に座れり身の衰へぬ 
何求むることの有らぬに今日も来ぬ沢蟹の這ふ川沿ふ古道
                     粕谷美津子

 青梅に住む作者は周辺の自然に親しむ作を多くものするが、心には何か鬱屈するものを抱いている。今月の連作にはその心情が一貫していて、読者に訴えるものがある。

術後五年生存六割をわれ生きてさらなる命悔いなく生きむ 
末期癌より五年の命保ち得て今年も臨みぬ全国歌会に
                     佐藤恵美子

 癌を病むのは二人に一人と言われる現代ではあるが、実際に末期癌の立場から立ち直った作者の詠嘆は私たちに感動と希望を与える。病にある自身をあえて厳しく詠出することで作者は病と闘う気力を得たのであろうし、その作品を読む私たちもまた強く力づけられるのである。



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