短歌雑記帳

アララギ作品評

 2012年10月号選歌後記    三宅 奈緒子

木食仏まねびてレリーフに彫りゆけば野に生きし僧の気迫伝はる 
円空と微妙に異なる木食仏土の香匂ふほほゑみを持つ
                     佐藤喜代子

 仏師木食に作者は共感を寄せて詠っているが、それは作者自身が木彫をする立場からの自然な共感で、観念的な鑑賞ではない。そこに自然で、ほのぼのとした暖かさがある。作品全体に構えのない自然さがよい。

降り籠められわびしき宵は一人行きしイギリスの旅を恋ひてやまずも 
樫材のらせん階段を上りしところドアに大きな馬蹄をつるす
                     高橋 慶子

 西欧の旅行詠は珍しくないが、この作者は三十年前のイギリス旅行を回想している。それだけの年月を経ながら具象的な各場面を描出している所に独自さがある。若さと単独旅行の緊張感が生んだものであろうか。

もとほれる湖尻は葦の角ぐみて大鷺青鷺ら群れてひそけし 
この湖の傾りにともに蕨摘みし弟は伏す病の重く
                     佐藤恵美子

 かつて亡き母に詣づると信州の山地に幾度か弟と来たが、その弟は今病床にある。その哀感が、山の湖の清涼感の中にとけ入って一連を活かしている。湖の鳥たちを描くこまやかな作者の目もよく利いている。

何ほどの力もなきに病むわれの縋りすがれるこの短詩型
辛うじて一日ひと日を生きのびる思ひに吾のけふが終れり
                     近藤 淑子

 前作の下の句には強く迫ってくるものがあり、後作「生きのびる思ひ」にも心にひびく実感がある。健康な者の何げなく送る一日が、病者にはいかに重いものか。しかしその重さをあえて表現してやまない人々がこの作者のほかにも多くあることを思い粛然とさせられる。



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