短歌雑記帳

アララギ作品評

 2013年3月号選歌後記    三宅 奈緒子

虫の音は難聴吾にとどかぬか秋深みゆく夜の静寂(しじま)に
六十年詠み続けたる歌今は孤独に老いし吾の生き甲斐
                     山口 博重

 簡潔に詠まれた一連。しみじみと染み入るものがある。特に後者は、長く詠み続けて来たものの実感そのものであろう。

ライト照らせば白きその尾を光らせて深き森へと鹿は消えゆく
あどけなきはかま姿のをさな児よ戦ひの世などわれは許さぬ
                     吉原 怜子

 一連冒頭の三首は林道の鹿の生態をいきいきと捉えている。後半の五歳児は七・五・三の折の幼児であろうが、今その幼なを守るため「九条を守れ」と叫ぶところ、なかなかに実感がある。

子の帰省待つがに幾度か庭に下り尉鶲まつ耳そばだてて
空耳にあらずその声紛れなし見よ梅が枝に尉鶲嗚呼
                     隆旗 國春

 庭に来る野鳥を詠む作は珍しくないが、この作者の尉鶲への愛着は並一通りではない。その心が一連を通しいきいきと出ている。



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