作品紹介

若手会員の作品抜粋



(平成13年12月号)


  スイス 森 良子

太陽を追いつつ時を逆行し降り立つスイスは霧に隠れる

濃き霧の中なる吾が家その窓よりまばらに赤きゼラニュウム垂る


  松本 高杉 翠

研究のトウモロコシが枯れそうと夫はつぶやく雨待ちながら

そぼ降る雨に空を見上げて我願う土叩くほど激(たぎ)ち雨降れ


  東京 臼井 慶宣

中秋の紅き夕焼けが体現す美はしきものの持つ毒性(トキシシティ)

我が脳に刺さりてきたり目覚ましのラジオ唄ひしGOD BLESS AMERICA


  千葉 渡邊 理紗

嫁ぐなら初夏の日和を選びたしブーケにするは白い芍薬

咲く用意できたポピーは上を向き朝日を待ちて蕾をひらく


  大和高田 田中 教子

蟋蟀が動かずにいる大学院入学試験の会場の隅

答えという答えも持たずそれらしき言葉言ってる吾の唇


  ニューヨーク 倉田 未歩

家に帰り夫の顔を見た途端限りない安堵感が広がってきた

何故攻撃されたのか解ろうともせず星条旗振る人の多さ目につく


  尼崎 小泉 政也

食べ終った冷麺の鍋でキムチ洗う僕をみんなが凝視している

漢江も景福宮も見えるけど日帝の跡はどこにも見えず


  京都 下野 雅史

「天国だ」誰かの声が耳かすめわが目には映るエメラルドの海

吾が髪にハイビスカスの花飾りオープンカーに風をたのしむ


  西宮 北夙川 不可止

秋芳洞の地底には豊かに水流れ橋を渡れば瀬音ひびきぬ

ボロディンのノクターン弾くセロのボウ煙となりて松脂の散る


  岡山 三浦 隆光

吾に向ふ若き大工の物言ひのやはらぎて来ぬひと夏を経て

真白なる道具袋に名を記し早く汚れてくれぬかと思ふ


  ビデン 尾部 論

行進曲(マーチ)に継ぎ教会の鐘鳴り止まずビデンの夜にはなかりし事なり

群れて飛ぶ鳥の点描を目で追いぬジュラの冠雪に紛るるまでを

選者の歌


宮地 伸一

戦争の無き世を切に願ひしに如何になりゆくこの新世紀

イチローの打率は心を明るくすアフガンの爆撃を伝ふるなかに



佐々木 忠郎

土屋先生在まして楽しき歌会のあとニコライ堂の鐘ききて帰りき

雨あがりて露のしたたる大毛蓼ほつえ秀枝の紅の花穂に



三宅 奈緒子

二日降りて今朝は晴れたる秋の渓くだりくだりて滝ひとつ見つ

黄の花むらなびけ落ちくる滝水の低きところはあはれ虹たつ



吉村 睦人

このあたりにて歌会はなされしか残る礎石の上にわが立つ「大沢寺」

ただ一棟残る土蔵も壁破れて軒下の土に蟻地獄あまた



小谷 稔

日本の情報届かぬ安けさにカプリの島に烏賊料理食ふ

日本人は冬も来るゆゑこの小さき観光の町に漢字ひらがな



雁部 貞夫

ヒンドゥ・クシュの山の峡(はざま)のオアシスに息ひそめゐむ人らこそ思へ

ソ連支配にタリバン支配に耐へて来し民をミサイルに射つと言ふのか



添田 博彬

健保とは関はりのなき薬剤の負担金を取り立つ悪代官のごとく

入り来て部屋の窓皆開くるあり結核を恐れし慣ひの如く



倉林 美千子

丘越えてホルン聞こえくる汝が家よ汝が住む国よ平穏にあれ

子らの飛行機滞空時間を過ぐるまで吾は傍へにラジオ付けおく



実藤 恒子

台風にテロの爆破に明けし二日歌会最終日は天高く澄む

帰るバスの窓に晴れたる八ヶ岳蓼科山の縞枯れも見ゆ



石井 登喜夫

賜りし君が遺愛のタイピンに触れつつ声を励ましてをり

ことし又いささかつつがありて来し会を終りて涙ぐみたり

先人の歌

  斎藤 茂吉

ルウブルの中にはひりて魂(たましひ)もいたきばかりに去りあへぬかも

大きなる都会のなかにたどりつきわれ平凡に盗難にあふ

落葉樹の木立のなかに水たまりあり折々反射の光をはなつ

ドウナウの流れの寒さ一めんに雪を浮べて流るるそのおと


  土屋 文明

幾年かおきてかわきし練香に水うちそそぐ竹筒のまま

練香をくべて息つぐ仕事には昨日につづき答案をよむ

昨日も今日も坐りつくして夕暮を月島に来れば潮のさゐさゐ

将棋欄見終りたる夕刊に株暴騰の記事よみなほす

円貨暴落の生活に迫り来るといふは新内閣記事の中にこころよからず


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