作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成15年1月号)

  東京 臼井 慶宜

「やるときはやる」と嘯(うそぶ)く口の多き有言不実行の群れの潮流


  東京 衡田佐知子

独特のにおいを空気にしみ込ませ銀杏の実あまた地面に転がる


  埼玉 松川 秀人

新しき出で湯の噴きて百円の温泉スタンドに人の群る


  千葉 渡邉 理紗

幼子が描きし家のような影ガラスに透かす病室の窓


  鳥取 石賀  太

橋の上を自転車で渡る人の影ひとつと思へばふたつになりぬ


  尼崎 小泉 政也

釜山にて親しくなりし学生も徴兵が嫌と嘆きておりぬ


  京都 下野 雅史

ダイアナ妃の事故の現場の平凡なる地下道に吾も疑問を抱く


  大阪 浦辺 亮一

二人だけの帰り道なら迷いたいカーナビをもぎ取って窓から投げたい


  倉敷 大前 隆宣

秋の青い空の下を毎日施設に出勤すさわやかに気持も晴れてほしい


  岡崎 高村 淑子

こそこそと餌食べにくる野良猫の顔が段々優しくなった


  東京 長崎  壮

いみじくも聖ペテロの日に旅立ちし君が温顔を思ひ出しをり


  宇都宮 秋山 真也

富士見ゆる丘と記せる団地にて静岡生まれの我は働く


 ニューヨーク 倉田未歩

お腹の大きいティーネェジャーとすれ違いじわりと勇気が湧いてきた


  京都 池田 智子

本当にこれで何かが変わるのかピアスの穴の向こうの未来


  大阪 大木恵理子

教材の整理に今日も一日暮れ紙にて切りし指先痛む

選者の歌


  東京 宮地 伸一

町興しに憶良の役立つは喜ばむ歌碑十ばかり見巡るけふは

「銀(しろがね)も金(くがね)も」の歌刻めるは四箇所もあり見るに疲れぬ


  東京 佐々木 忠郎

庭の草枯れゆく中に思はざりき濃きくれなゐの水引草の花

口癖に毅然としてと言ふ外相瀋陽事件のときも然りき


  三鷹 三宅 奈緒子

日常の俄かに裂けて夏さなか思はざる無為の日々となりたり

こともなく歩みし日月思ふにもいまひと足を震ひつつ出す


  東京 吉村 睦人

角館に着き真つ先に学法寺の君のみ墓に導かれたり

画をもつて歌を導きし百穂と常言ひましし土屋文明


  奈良 小谷 稔

王みづからを神より巨き石像に造らしめて今にナイル見下ろす

砂漠化の未来を見るごと山なみの襞々はただ流砂のなだれ


  東京 石井 登喜夫

いつのまにか生命線は伸びてきて手の平のもつとも下に届きぬ

味噌汁にカボスの露を落しつつさきはひあれと思ふこのごろ


  東京 雁部 貞夫

「生活者の真実詠ふ」と誓ひしを忘れざるべしかの夏の日の

嗤ふべし憤るべし歎くべし歌よみの善人説など今は神話か


  福岡 添田 博彬

壇に置く仏のみ顔に母を恋ひし吾を覚えゐて誘ひ下さる

ながく願へる心満たされて夕光となりたる狭間の径下りたりき


  さいたま 倉林 美千子

既にして外の面の風は夜(よる)の音己が饒舌に疲れて黙す

薄雲のちぎるるまでを見てゐしが帰らむか吾はわが現実に


  東京 實藤 恒子

絹傘と開きしオーロラの招きつつ堪へたへて来しこの一年(ひととせ)か

歩道橋にのぼり来たりて仰ぐ時月の光はわれらをつつむ


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

投げ出せるわが足先に来て止まる翅脈あらはなるやんまがひとつ

鎌を下げ再び待伏せの姿勢とる草色の蟷螂が萱の葉蔭に


  小山 星野 清

はるか遠く北海の光るところまでたひらかに錆色に街はひろがる

故意にせよ錯覚にせよこの湖にネッシーを言ひし人はめでたし

先人の歌


  伊藤 左千夫      冬のくもり(明治44年)

霜月の冬とふ此のころ只曇り今日もくもれり思ふこと多し
我がやどの軒の高葦霜枯れてくもりに立てり葉の音もせず
冬の日の寒きくもりを物もひの深き心に淋しみと居り
獨居のものこほしきに寒きくもり低く垂れ来て我家つゝめり
ものこほしくありつゝもとなあやしくも人厭ふこゝろ今日もこもれり
裏戸出でゝ見る物もなし寒(さ)む寒むと曇る日傾く葦原の上に
曇り低く國の煙になづみ合ひて寒む寒むしづむ霜月の冬
                       (以下四首略)


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