作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成15年7月号)  < * 新仮名遣>

  北海道 小倉 笑子 *

いつの世も戦は何も救うなく命落とすは市井の人のみ


  東 京 臼井 慶宜

我が街に緑の匂ひのたち込めて初夏は確かに胎動をせり


  東 京  中川 小百合 *

雨降りの濡れたニュースから逃げるよう魔法の靴よ海河越えろ


  東 京 細谷 恵美 *

偶然に会うことなんて無いけれどこの町だけは特別だから


  埼 玉 島崎 裕美 *

はちみつとマーマレードが溶け合った夕暮れの海をもてあます一人


  埼 玉 松川 秀人 *

土と汗雨もかかりし我が眼鏡見づらくなりてボールをそらす


  朝 霞 松浦 真理子 *

一日に一度は意味のありそうな視線を送る際どそうな恋


  千 葉 渡邉 理紗 *

まないたを叩く音色に切りかわる電車が過ぎたのちの町並み


  千 葉 田辺 綾子 *

違う人とわかっていても見てしまう亡くした父に似た人のいて


  兵 庫 小泉 政也 *

母来たり父は理由をつけて来ずこれが親子の現実なのか


  東 京 藤丸 すがた *

七人で出かける春の海の旅気に入らぬ男もいるのだけれど


  大 阪 浦辺 亮一 *

満員のエレベーターが地下に着くまでのときのま肩が触れ合う


  宇都宮 秋山 真也 *
青海でイルカの背中に乗る夢を見てみたいのだ夏はもうすぐ


  京 都 下野 雅史

「旺角(モンコク)」といふ発音を覚えようとするだけで香港旅行が嫌になりゆく


  岡 崎 高村 淑子 *

何ひとつ改善されていない職場もう他人事だと目をそらしたり


  倉 敷 大前 隆宣 *

海の絵を模写して帰り大潮の色を出そうとはりきっている


  徳 山 磯野 敏恵 *

忘れんと迷える我をながめいるもうひとりの我がひどく冷たく



(以下 HPアシスタント)

  福 井 青木 道枝

「戦争に反対します」胸に提げベビーカー押す四、五人の列


  横 浜 大窪 和子

訥々と国会答弁の福田康夫氏わが幼な友なり頑張りくれよ


  ビデン 尾部 論 *

真夜中にマニキュアを塗る妻の背に声を掛け得ず吾が床につく


  島 田 八木 康子

今日は何も考へず居ようわが心揺らげば腹式呼吸などして


選者の歌


  東京 宮地 伸一

独裁者のかかる運命を哀れめり所詮蟷螂の斧なりしものを

この春も一瞬ながらわが路地を黒揚羽飛べば心安らぐ


  東京 佐々木 忠郎

わが肌着剥がさるるが如く寂しああ中学の友坂井一郎君逝きぬ

函館がテレビに映れば行きたしと駄駄捏ねしとふ晩年の君は


  三鷹 三宅 奈緒子

わが生家いづくと古りし地図ひらきさまよふまちの夕暮るる路地

けふ向かふ青き越の海若き父母の嘆き苦しみ茫々と過去


  東京 吉村 睦人

多々羅大橋を渡り来たるは幾たびか常にかがよふ春の海見て

艀をば押して近づく船のあり造船所の起重機の下に


  奈良 小谷 稔

この山の泉を汲みに来る人にまじりてわれも飯盒に汲む

三椏の老いしを妻の伐れと言ふ故郷より来しものと知らずや


  東京 石井 登喜夫

その母の鬱を思へば食事の前に手を合はせ祈る姿いぢらし

子を背負ひ歩む力もなくなりて肩に乗りくる小さき足にぎる


  東京 雁部 貞夫

ザビエーを称へて聖歌の起るときアンジロー思ふ師をジパングへ導きし人

「魂の救済」を流氓アンジローも願ひしかザビエーとマラッカに出会ひしときに


  福岡 添田 博彬

苗代川地図より消えぬ樋口先生に従ひたるを無みする如く

神を作るゆゑヒューマニズムが歪めらるるを気付かざるべし宗教者等は


  さいたま 倉林 美千子

枝のレモン一つ盗みて憩ふ道潮騒は風に紛れて聞こゆ

対岸の友住む街に続く橋細々として夜空に架かる


  東京 實藤 恒子

すれ違ふ東海道線新幹線こころきほひて神田に向かふ

旧漢字のままの「三越地下賣場地下鐡入口」の階下りゆく


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

これが戦争といへばそれまで焼け焦げし少女また両手切断の児よ

負ける筈なき戦ひを誇るごと見世物にする映像駆使して


  小山 星野 清

いち早く武力行使に賛同し不戦の日本が支ふと言へり

フセインを悪魔とし打たむとする国を我等はかつて鬼畜と呼びき

先人の歌


  樋口 賢治


かなしめる今日の一人の吾が歩み白々と苹果(りんご)の花の咲く下

あはれ彼のよみがへり来る記憶にも今はつきつめて嘆くことなし

いとまなき現の心むなしくて寄する嘆きよ苹果咲く園に

噴霧器を負ひて働きいそしめる園広くして今日の夕映

昏れおそき光の中に山羊鳴きて梨咲き苹果咲き桜咲く園


作者は、学生時代(早大)から土屋文明の膝下にあって、戦中戦後の困難な時期を支えた一人。
北海道滝川から上京、出版会社(営業)に勤め、終生北国の生地を愛した。
この一連は「桜の園」と題する一連の作から抜いた。
戦後すぐにアララギの中堅が集まって出した合同歌集『自生地』に収録されている。
北方的憂愁を湛えた作品である。


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