作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成16年2月号)  < * 新仮名遣>

  宇都宮 秋山 真也 *

我が右はサンクチュアリと言う君に従い我は左に寄り添う


  東 京 藤丸 すがた *

煙草の箱握りつぶして笑っている僕のため明日の免罪符を下さい


  川 越  小泉 政也 *

悩みごと僕だけに言える君だから携帯電源いつもオンにしている


  愛 知 高村 淑子 *

分子でも生物学というからには生き物を見ることに拘っていたい


  京 都 下野 雅史

酸素吸入器を片手に深く潜りをり珊瑚の林をくぐり抜けつつ


  大 阪 浦辺 亮一 *

皿を割って落ち込む僕の右肩に先輩の手がそっと置かれる


  倉 敷 大前 隆宣 *

柿の葉も残り五枚になっている寒波来る前に職を決めたし


  周 南 磯野 敏恵 *

あのころに歌った唄がラジオより聞こえてアルバム開いて見たり


  藤 枝 小澤 理恵子

おもちやの電車の速度少々落ちたれば新しき電池に換へよとせがむ


  京 都 池田 智子 *

自己査定アルファベットのひと文字で今年の君を評価しなさい


  東 京 坂本 智美 *

信念は絶対変えてはいけないと過去の日記を読み返しおり


  東 京 臼井 慶宜

治まらぬ咳我のみのこの部屋の沈黙に罅を入れてゆきたり


  埼 玉 松川 秀人 *

数々の故人を偲ぶよすがあり堀辰雄記念の文学館は


  東 京 渡邉 理紗 *

枝わかれする境目にその腹を押し込みりすは葉を抱き眠る



(以下 HPアシスタント 北から)

  札 幌 内田 弘

生き方の違ひを言ひて切れし電話浮かび来(きた)るは幼きまぼろし


  横 浜 大窪 和子

見下ろせる火口の底に森は深し幾百年の時のしづもり


  島 田 八木 康子

癒ゆる日を言ふ母悲し持ち山の境に楔(くさび) 打ちに行かむと


  福 井 青木 道枝

家々の戸口にかぼちやのあかり揺らぎ雪は降りいづハロウィンの夜


  東広島 米安 幸子

紅葉せし柿の広葉を皿に敷き今宵一人の卓を彩る


選者の歌


  東 京 宮地 伸一

大き地震あらばと常におそれつつ本積む谷間に身をひそめ臥す

この宵も酒一合を店に飲む家には我を待つものもなく


  東 京 佐々木 忠郎

焼酎にオンコの紅き実浮かべたる壜一つ美しふるさとの荷に

おのづから散り果てし桜のもみぢ葉を惜しみて掃かず家篭るわれは


  三 鷹 三宅 奈緒子

まもり来し恋人のふみ焼かしめていのち終へしか峡(はざま)の村に

つひの宴(うたげ)と杯かかぐるに篁のうへにあたかも月のぼりたり


  東 京 吉村 睦人

実のつける多羅葉の枝を折りたれば願ひを記す葉もつきてをり

子の暴力なくなることを願ふありこの願ひ真つ先に叶へ給へよ


  奈 良 小谷 稔

濠水のひかり乱さずゆきし舟古墳の森に草をおろしぬ

わが故里もかく滅びむか寺屋敷といふ名をとどめ畑荒れたり


  東 京 石井 登喜夫

病み臥してひとつ季節の過ぎたりと思ふ夕暮杖ひき歩む

「死の前の夢の分析」といふ本をさりげなく子は置きて行きたり


  東 京 雁部 貞夫

インダスの広き流れにひるむなく筏こぎ来る少年ふたり

がつしりと氷とらふる脚が欲しクレパス一つ辛うじて跳ぶ


  福 岡 添田 博彬

声ひそめし言葉が半世紀隔たりて声高にこの国に溢れぬ

夕暗むおどろのなかに薮茗荷は立ち直るらし白き穂の立つ


  さいたま 倉林 美千子

夜の音は樺(かんば)の奥に棲むものか落葉の上をまろぶ落葉か

手にせしはウリハダカエデ噛みたるはナツハゼの実と便りこもごも


  東 京 實藤 恒子

縦横に倒れし木々の薮分けて登り詰めたり山の平ら

開けたる天に明るむ山の平らいづことも分かず遠き街の灯


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

原爆にただれし死骸の浮きし川いま秋の日にただただ青し

被爆地にいまだ謝罪もせぬ国に頼りて繁栄を遂げて来たりぬ


  小 山 星野 清

半ばくづれここに残れる鳥居あり何願ひ汝は石を積みしか

かへるでの緑かがやき日の洩れてここに思ふは過ぎし人のこと

先人の歌


  五味保義  『此岸集』


「滅びたる国」


いたましくほろびし街の起伏暗く押し移りゆく雨雲も見ゆ

国に人に念ひしきりなる夕まぐれくらきたたみに足袋を穿き居り

悲しみて吾はぞ念ふ倉住みの君に迫らむ冬の寒さを

民の米ぬすみし者に言ひ到る幼き怒りただにし見めや

己が荷にひしがれ歩む人々のみちあふれたり今日も巷に

前回(倉林担当)に続き、敗戦後の東京を歌った五味保義の『此岸集』から引いた。焼け出されて家族と離ればなれに住みながら、アララギ復刊に骨折ったころのものである。爆撃された東京、荒廃した人心、その有様をバクダッドの作今と重ね合わせて思うのは私だけではないだろう。


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