作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成16年3月号)  < * 新仮名遣>

  京 都 池田  智子 *

一年の使命のように聴きにゆく「二十一世紀の第九」コンサート


  大 阪 大木 恵理子

母親になりて三年の同級生わが近況を穏やかに聞く


  東 京 臼井 慶宜

生きをれば並べて負に傾く年もありただ只管に過ぎるを待ちて


   東 京 坂本 智美 *

「十年後も今のままでいてね」と言う生徒のいとし教師一年目


  埼 玉 松川 秀人 *

絶え間なくブルトーザーの音立つる区画整理の駅前にまた


  千 葉 渡邊 理紗 *

萎れたるシクラメンの鉢の置きてある窓辺にかって病人がいた


  宇都宮 秋山 真也 *

大きくて燃費の悪い僕だから他から見ればただのヒト科か


  東 京 藤丸 すがた *

スケジュールが埋まって行くのが嬉しいと言うが本当は憂鬱なのだ


  川 越 小泉 政也 *

徴兵制の存在故に韓国の若者は皆イラク派遣に考えを持つ


  愛 知 高村 淑子

夜の道を東へ走る車へと迫りくる月を二人で迎へる


  京 都 下野 雅史

夕食を終へていつもの帰り道カタツムリは今日も廊下をよぎる


  大 阪 浦辺 亮一 *

靴の紐の解けたまま足を踏み出してひきずる音を聞きつつ歩む


  倉 敷 大前 隆宣 *

朝早く大きな発作に雪見障子のガラスを一枚こわしてしまった


  周 南 磯野 敏恵 *

寝付けずにただ横たわる闇のなか自分の吐いている息の音聞く



(以下 HPアシスタント)

  北海道 内田 弘

イラクへ行く兵はわが関はりし少年か北の駐屯地より死ぬを知りつつ


  島 田 八木 康子

母が母でなくなる予感にうろたへて声立て笑ふ話題を探す


  横 浜 大窪 和子

大量破壊兵器持つとイラクを攻むる国が原爆投下機を誇示する現実


  福 井 青木 道枝

ゆきめぐる通りは溝を流れゆく水の音ひびきて雪を待つまち


  広 島 米安 幸子

手助けを拒み幼はひたぶるにスプーンを使ふ指をもつかふ


選者の歌


  東 京 宮地 伸一

伸一の名は申歳にちなめりと知りてうとみき少年の日に

人生は二十五年と言ひあひき暗き内務班に並びいねつつ


  東 京 佐々木 忠郎

痛むなく下歯一枚抜けたるを手にとりて見つぼろぼろの歯を

たらちねの親にしみじみ謝するなり老いて自然死の一枚の歯に


  三 鷹 三宅 奈緒子

さまざまに人逝き人病みて暮るる年蘭置く部屋にこもらふ吾は

おのが突く杖の音たて四階に帰り来人の葬りを終へて


  東 京 吉村 睦人

幼稚なる思想を今もわれは持つ思想以前の思想とも思ふ

僕はリンだハヤシではないと涙ぐみ言ひし林君今いかに居る


  奈 良 小谷 稔

逝く秋の宇陀に二つの寺まうで古き仏に古き木に逢ふ

落葉焚く火に寄り聞けばこの寺は無住の間に檀家絶えしと


  東 京 石井 登喜夫

少年の日よりの感慕しみじみと氷雨ふる金瓶の道に入りゆく

辛うじて杖ひき歩むわが姿金瓶の霧に影すら置かず


  東 京 雁部 貞夫

インダスの水音はげしき桟道に妻の手を引く息ととのへて

水たぎる谷底見るな前を見よこの掛け橋の真中を進め


  福 岡 添田 博彬

責任回避の「かもしれません」に白けるに民放にても言ふ人のをり

忘れゐし「かもしれません」に思ひ出づ議員の選挙に関りありしや


  さいたま 倉林 美千子

社屋移転と聞きてのぼり来し編集室父のあとを誰か灯を点しゐる

去るに惜しき国と思はねど心ゆく日本語あり友あり吾に


  東 京 實藤 恒子

地平線の茜のいろの上に浮くコロナの中の黒き太陽

南極の皆既日食の黒き太陽プロミネンスは今し閃く


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

経済封鎖されて打開に先制の攻撃をせしかの日を思へ

正当防衛ならば先制もよしといふ危ふき論理定まりゆくか


  小 山 星野 清

根尾さんほどの女性がゐるから魅力的と新アララギを言ひし人ありき

亡きを聞けば面影うかび卑弥呼なるニックネームによみがへるもの

先人の歌


  吉田正俊  『流るる雲』



菩提樹の下陰のみち幾十年ぶりとどむる記憶は青年の我

何をして過ぐさむ一生かとまよひたる過去は形を変へて今もある

おどおどと世を恐れつつ過ぎ来しをほしいままの生(いき)と噂するらし

尿瓶用ふる幾十年ぶりぞ考へよ古びし体すたれし思想

恐れ来し境界におのづから落ちつくか自(おのづか)らなれば致方なし


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