作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成16年6月号)  < * 新仮名遣>


  北海道 小倉 笑子 *

弟妹と幼き日々に作りたるかまくら掘りも今は廃れぬ


  京 都 池田 智子 *

ぱっくりと大きく割れた揚げドーナツ「開口笑」という名で売らる


  大 阪 大木恵理子

酔ひに酔ひ本音を吐かむと振り向けば卓上に伏して友眠りをり


  東 京 迫田さゆり *

白き風に吹かれ波立つ冷えた川負けじと強く魚がはねる


  東 京 臼井 慶宜

逝きし人の笑顔の写真に向きあへり頬を伝はるものは拭はず


  東 京 奥薗 綾子 *

持ち味はどんなことかと履歴書に書かんに内容のとぼしさを知る


  東 京 坂本 智美 *

ミクロンの単位で惹かれ合ってゆく先の見えない純愛もある


  埼 玉 松川 秀人 *

「元気でね」と笑顔で言葉を交わしたがそのあとわれは号泣をせり


  千 葉 渡邉 理紗 *

ぴちぴちとおひれをくねる鯉のごと布団跳ね退けだきつくおさな


  宇都宮 秋山 真也 *

駅までの全てが青の信号で君とのデートを拒むのもなし


  川 越 小泉 政也 *

乱暴な言葉を使うお客様貴方が人なら僕も人です


  愛 知 高村 淑子 *

あと何回私の名字を書けるのか無意識に動くペンを見つめる


  京 都 下野 雅史

魚群追ふ君のうしろに続きつつ見上ぐる空に陽光ゆらぐ


  大 阪 浦辺 亮一 *

花粉舞う時期が今年は待ち遠し飲んでいる予防薬を確かめたくて


  倉 敷 大前 隆宣 *

お水取りがすんだ筈なのにまだ寒くこたつの中で一日過す


  周 南 磯野 敏恵 *

人思うこころを早く忘れよと砂山に冬の海を見に来ぬ




(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

怒りつつ電話を掛けし須臾にして地震(なゐ)過ぎゆくを吾が知らざりき


  福 井 青木 道枝 *

なめらかにひとに答えて言いたりし今日のわたしと気づくさびしく


  横 浜 大窪 和子

かくばかり数多の星に包まるる地球を思ふキナバル山稜に


  ビデン 尾部  論*

吾がホテルついに建ちたり差し来たる陽を今し受ける兎山頂上に


  島 田 八木 康子

讃岐うどんの旨さやうやく知りし子が朝より並ぶ店に伴ふ


  東広島 米安 幸子

育たざりし男の孫を嘆きし親も亡くおほかたの事我に過ぎたり


選者の歌


  東 京 宮地 伸一

夜明けよりニュース聞きつつひと日過ごす危ふしイラクの日本人三人

大量破壊兵器などつひになきものをアメリカ兵死す昨日もけふも


  東 京 佐々木 忠郎

ほとんどが無駄と知りつつ新聞を切り抜くこれも老いのすさびか

切り抜いておいて良かつたと欣喜することもあるなりそれだけのこと


  三 鷹 三宅 奈緒子

生涯かけし大き画業をみめぐりて充ちて帰り来夜(よ)の石みちを

学生のなかに聴く弟の最終講義まざまざかへる父のその日の


  東 京 吉村 睦人

歩みゆくわれにサクラの降りかかる新校長を励ますごとく

入学式に話す言葉を考へつつ運河に沿へる道歩みゆく


  奈 良 小谷 稔

貝母萌え東一華のつぎて萌えわが生誕の二月となりぬ

煙立つ明日香の刈田にトラックは春耕まへの肥料をおろす


  東 京 石井 登喜夫

わが生の予後をあらまし聞きたれば立ち出でて来ぬ春の日ざしに

たのむべき神なきわれに救済のかがやきに似て菜種群れ咲く


  東 京 雁部 貞夫

信州松本の古書肆にアララギの香気充つ『ふゆくさ』『春山』『清峡』ありて

ここにして『町かげの沼』を見るものか五千五百円の値札付けたり


  福 岡 添田 博彬

五年先と言はれて心ためらふを隠し得ず銀行のをとめの前に

畑なかにミゲルと思へる墓石の出でて涙ぐまし異教徒吾も


  さいたま 倉林 美千子

ひと抱への花買ひ持てりともかくも岡の上の汝がホテル飾らむ

村の小さき教会の楼の鐘が鳴るジュラの方よりすさぶ夜風に


  東 京 實藤 恒子

信濃の峡に釣りし山女を送り来れば思ひ出づ子規のやまべの歌を

かかり来し君の電話に心和ぎ霧笛のひびく宵を勤しむ


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

分裂を嘆きて六人来りあふ九十八まで歌詠みし君の葬りに

歌のいのちは永遠なりとの議論より又しても分裂に話は及ぶ


  小 山 星野 清

求めらるるままの有事にて動き出せば次々是認するかこの国の民は

六十年つづきし平和を稀有として戦時の国となりゆかむとす


先人の歌


  埒内


いくたびか韮の若萌ふさふさと切りて食(くら)へば春逝かむとす

脇芽かき落葉焼き狭き菜園にひねもす居ればかくらふごとし

ふるまへば既に一定の埒内(らちない)にてやうやく若き世代と分かつ

いんげんの幼き蔓のからまりてやさしく見ゆ今朝出でて来れば

暁の荒らき空気の流るる中虫喰葉にも露のしたたる

                     吉田正俊歌集『くさぐさの歌』から

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