作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成16年7月号)  < *新仮名遣>


  東 京 臼井 慶宜

生温かきこの夜気を存分に吸ひ込みて惑はざる己を探りてありぬ


  埼 玉 松川 秀人 *

新しい決意をあなたに告げる時気持ち高ぶる新学期前


  千 葉 渡邉 理紗 *

くるりんとワインラベルをうらがえすように写真をあなたはしまう


  宇都宮 秋山 真也 *

新しい雑誌の紙で指が切れ繋がる世界の端が途切れた


  川 越 小泉 政也 *

他人から見たなら僕は可笑しいか「小泉政也」を演じているは


  愛 知 高村 淑子 *

花嫁の投げたブーケをゲットして次の花嫁に本当になれた


  京 都 下野 雅史

風のまにまに海へゆらゆら漕ぎ出づるカヌーを浜辺より見てをり吾は


  大 阪 浦辺 亮一 *

沢山の言葉と時を費やして漸くに知る父との距離を


  倉 敷 大前 隆宣

映画館で「児雷也」を見る夢だった僕は大蛇丸(おろちまる)になって滅んだ


  北海道 小倉 笑子 *

美しき菖蒲の花の形せり砂糖菓子とは思われぬほど


  藤 枝 小澤 理恵子

正門前にカメラにポーズをとる華那子一年生の顔つきとなる


  京 都 池田 智子 *

モノクロの影がドクドク拍動しエコー画面に息づく生命


  大 阪 大木 恵理子

わが通ふ新御堂筋のオフィス街いち早く桜は花をつけたり



(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

酔ひ来れば怒りの薄れるこの真昼灘の長兵衛旨き酒なり


  福 井 青木 道枝 *

いとまなき夫のひそかな願いごと研究室にピアノを据えて


  横 浜 大窪 和子

行かざりし反戦の集ひを思ふなり誘ひくれたる一人のことも


  ビデン 尾部  論*

自がホテルの新聞記事なれば努めて独和辞典引き精読せり


  島 田 八木 康子

ぎこちなく押す車椅子小さなる旅にも母のかく喜べば


  東広島 米安 幸子

この度が最後の新車と言ひながら夫は試乗会に出かけゆきたり


選者の歌


  東 京 宮地 伸一

あざやかに星の輝く宵ならず海沿ひの道ひとり歩むに

命ありこの場所に天の橋立をまたも見むとす股のなかより


  東 京 佐々木 忠郎

機上より撮りし桜の五稜郭朝刊に見つつ恋ほしふるさと

足萎えて行き難くなれど故郷へ行くぞ行くぞと思ひつつ過ぐ


  三 鷹 三宅 奈緒子

宇宙論より終末論へ若きらのほしいまま言へばたのしこのいま

指弾さるるなか面伏せて帰り来ぬまことに指弾さるべきは誰(た)ぞ


  東 京 吉村 睦人

独裁者を非難しつつ自らも国歌国旗の強制をする

イラクの劣化ウランを調べむと行きし若者をわれは諾ふ


  奈 良 小谷 稔

南渕山のかの尾根に春蘭を掘りし日よ今日は麓に風を聞くのみ

政治への信わが捨ててすでに久し今憲法違反の首相を戴く


  東 京 石井 登喜夫

これだけの病を持ちて生きてゐる不思議さを医師と笑ひ合ひたり

耳の奥の意志あるごとき囁きに馴れてあり経る日々といはむか


  東 京 雁部 貞夫

ひと抱へ蝦夷の行者にんにく(キピトロ)送り来ぬ雪消え残る山に採りしと

庭おほひはびこるを摘みサラダとす意外にうましタンポポの葉は


  福 岡 添田 博彬

金無くて退所かなはぬ弟を暑き埃踏み訪ね行きたり

弁当の菜は福神漬のみなるを疑はざりき皆貧しくて


  さいたま 倉林 美千子

オペラ座のはねて夜更けの街は雪迎へに来る子をドア近く待つ

さんざめく夜の酒場に対ひ合ふ今夜吾には吾が子のありて


  東 京 實藤 恒子

トウツバキ明石潟より華やかに大きく咲けるに二人寄りゆく

花蘇芳オオリキュウバイの入り乱れ咲く花の間は蒼々と天


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

分ちたる吾のニトロに胸痛を治めたまひき茅野の歌会に(悼和田俊和氏)

記憶なきまま臥すといふ新津さん応へなくとも一度会ひたし


  小 山 星野 清

苺買ひて札をくづせばよれよれのユーロをくれぬレジの女は

あこがれを抱きて対ふレンブラントも人に急かされ心に沁みず


先人の歌


  花がたみ抄


交る交る莨すひあふよろこびに川は夕べの潮さし来(きた)る

焼ビルに灯(ひとも)ることもかなしきに鳥塒(ねぐら)する歩道の並木

腰かけて日のほとぼりの残る石草のおどろも昏(くれ)ゆきにけり

妻うとむこころいつしか装(よそほ)ひて夏すぎゆきし吾のあけくれ

三十九の齢(よはひ)も半ばすぎにしか月あかければ窓によるかも

                     中島 栄一『風の色』から

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