作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成16年8月号)  < *新仮名遣>


  宇都宮 秋山 真也 *

老先生と僕を見比べ語り合う人体についてアナトミックに


  川 越 小泉 政也 *

酒を飲んでも飲んでも酔えぬ僕だから傷ついた言葉が忘れられない


  京 都 下野 雅史

レイをつけし女性の誘ひを断れずリードのままに踊りつづけぬ


  大 阪 浦辺 亮一 *

列車にて瀬戸大橋を渡りゆく白いフェリーを追い越しながら


  倉 敷 大前 隆宣 *

落雷は向いの山に落ちていて迎え雷もはっきり見える


  北海道 小倉 笑子 *

あと五日年を重ねる日ぞ近く我も生きたり四半世紀を


  京 都 池田 智子 *

頑固なこぶしとなる手が目の前に今は差し出すアップルジュース


  東 京 坂本 智美 *

担任に言えない秘密を打ち明ける生徒の顔ではない君見てる


  埼 玉 松川 秀人 *

念願の犀星記念館を訪れぬ昂ぶる思いをおさえながら


  千 葉 木下 麻美 *

人間は色とりどりのドロップス口下手おませどれも味あり


  千 葉 吉田 加奈子 *

ため息も埃と一緒に吸いとって吸引力を「強」にしてみる


  千 葉 渡邉 理紗

明日には腐るバナナを買うような流行なんて追いたくはない



(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

辛うじて己れを保つカウンター水割り少し濃くして呉れぬか


  福 井 青木 道枝 *

派閥越え歌よびかわす場のあれよ少なき友をさらに裂かれて


  横 浜 大窪 和子

マリアッチ囲みてボレロきく人ら手を打ち踊る月のひかりに


  島 田 八木 康子

万一をシミュレーションできて良かつたと誤診されたる友は笑へり


  東広島 米安 幸子

命の迫る思ひに入院したるわれ恥づかしきまでつつがなかりき


選者の歌


  東 京 宮地 伸一

今の今手に取りしものを姿なし逃亡癖ある辞書かと思ふ

白き花咲きにほふ路地にどくだみの語源を考へ歩むも楽し


  東 京 佐々木 忠郎

雲南の産とし聞きて求めたる雲南唐松草咲くなよなよとして

節黒仙翁サーモンいろの花一つ声張りあげて妻を起こしぬ


  東 京 三宅 奈緒子

ともどもに齢(よはい)たけしかこの友と寄り歩むなり白壁のまち

錦川にそふ竹むらの春のいろ身にしみ橋をわたり切りたり


  東 京 吉村 睦人

七十四過ぎし齢と諦めて今日の一日も過ぎてゆきたり

つりふねの花の咲く沢に沿へる道下りゆきにき共にてありき


  奈 良 小谷 稔

白鳳の石の仏と扉へだてまどろむときに人来るなかれ

下る道におのづから沿ふ用水路田植のまへの水ほとばしる


  東 京 石井 登喜夫

石手寺に向ふ遍路は夫婦らし坂ゆるやかに曲りゆきたり

牡丹桜の花房に手をかざす友若わかし病のあともとどめず


  東 京 雁部 貞夫

わが骨も氷河のほとりに埋むべし夜半には星が見守りくれむ

夜半覚めてテントのロープを張り直す停滞三日雪降り止まず


  福 岡 添田 博彬

血縁にあらざる吾は断りて弟らの後より香を焚きたり

甘き酒が苦(にが)くなりゆく現実に飲みをり窓の守宮を友に


  さいたま 倉林 美千子

居酒屋の主の声す「母親(ムッター)は早くベットに入れてまた来よ」

牧場の馬も森も眠りて子の営むホテルが丘にひとつ灯点す


  東 京 實藤 恒子

限りなく舞ひ来る花に包まれて今のうつつを君と向き合ふ

饒舌に二人をりたり乱れ舞ふ桜の花を両手に受けて


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

雌雄両性の人類到来示唆をして遺伝子操作はとめどもあらず

いち人が雌雄両性あはせ持ち殻にこもるか末世の恋は


  小 山 星野 清

隠れ家の細く険しき階を上ればブロマイド古りてアンネ住みし部屋

息をひそめ忍び足にてと書き留めしアンネの家の手洗ひぞこれは


先人の歌


病める子に見せむと庭に池造り日のくれがたに水を湛へぬ

子の病よきにはあらね庭に下り倒れしヒヤシンスに支へしてやる

いかばかり生きたかりけむわが言へば欲りし水をも素直にやめぬ

出で入りの臨終(いまは)の息の苦しければこの父母に言ふこともなく

見る見るおごそかなる静まりが吾が子の額(ひたひ)に拡りゆきぬ

うつし世の人なるわれはとことはに天なる吾子と隔てられにき

父母の許をさかりて汝往(い)なば吾子よいづべに行くにやあらむ

新しき中学生の服を着て棺のなかの髪伸びし顔

汝を思ひ朝の寝ざめに耐へざれば声に出で泣くこの父と母と

幼ければき幼きながらこの世にて望みしこともありけむものを

                     小松三郎『門出』より

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