作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成16年9月号)  < *新仮名遣>


  藤 枝 小澤 理恵子

子を夫に託して友と出かけなむ七年ぶりに映画を見むと


  京 都 池田 智子 *

新しきページを夢中で繰っている確かめたきはあなたの会社


  大 阪 大木 恵理子

教員を辞めたしと友の言ふたびにおだやかならず予備校勤めのわれは


  東 京 奥薗 綾子

動揺がいつもぬけずに後悔を面接がただ苦痛と化した


  埼 玉 松川 秀人 *

紫陽花の淡き色は波作り安き心を我に与える


  千 葉 田辺 綾子 *

不注意で割ったグラスはいつまでも私の中で散らばっている


  千 葉 渡邊 理紗 *

空洞の自分を哀れな冷蔵庫と思いさだめし真夏は嫌い


  宇都宮 秋山 真也 *

意味なしと君から僕にメールきて僕は意味ありとすぐさま返す


  川 越 小泉 政也 *

隣席の無邪気な子を見て思いおりわが童心は何処へ行ったか


  京 都 下野 雅史

物悲しき夕日に伸びる影を見て少年のころを思ひ出しをり


  大 阪 浦辺 亮一 *

スーツ姿に違和感のある間の抜けた若者は二年後の僕の姿か


  倉 敷 大前 隆宣 *

台所の蟻の行列殺しても又行列が始まっている



(以下 HPアシスタント)

  北海道 内田 弘

街路樹の根元に植ゑゐるサルビアの零るるばかりの朱の極まり


  島 田 八木 康子

雨降らば雨を聞かむといふやうな心にいつかなれるだらうか


  横 浜 大窪 和子

誘はれて人らのなかに踊るなりめくるめく楽キューバのリズムに


  福 井 青木 道枝

詩(うた)ができぬできぬと魚を捌きをり手もと明るく夕方のそら


  東広島 米安 幸子

古渡りの本願寺裂のこの財布いつ賜ひしか取り出してみる(悼、伴 明子様)


選者の歌


  東 京 宮地 伸一

ハナミズを垂らすなとぢぢに注意するこの三歳児を喜ぶべきか

こんな家がこの世にあるかと思ふまで日々あきれつつ片づけもせず


  東 京 佐々木 忠郎

山や野の花は培ふなの戒(いましめ)か枯れし捩花を掘りて口惜しむ

花どきの近き捩花のカタログきぬ滅びしを弔はむと注文したり


  東 京 三宅 奈緒子

書きさしし書簡に肘突きし使徒パウロその老いし苦渋の表情はなに

失意のこころいまにつたふるかレンブラント晩年のこの重き自画像


  東 京 吉村 睦人

出来ることしか出来ないと諦めて一つ一つ片付けてゆく

面近づき優曇華の花を見しことあり過ぎゆきし中のいつどこなりし


  奈 良 小谷 稔

つひに来む別れにそなへ録音せし亡き母の声ときをり笑ふ

反抗期のわが頑なのとき病みて逝きにし父よ語らひもせず


  東 京 石井 登喜夫

杖を使はず歩む稽古と出でて来て手の振り方も思ひ出しぬ

よろめきて倒れしときに誰もをらず茫々とせる四五分(しごふん)なりき


  東 京 雁部 貞夫

面接官しきりに靖国のこと問ひき会津の裔の吾と知りてか

アララギの恩を忘れぬためと言ひ秘かに歌を詠み継ぎましぬ


  福 岡 添田 博彬

涙脆き父が担保にとりし宅地雨の降る日は沼に沈めり

土地の値より税が高しと測量士言へば諾ふ税払ひきて


  さいたま 倉林 美千子

古き匠の技もて架け替へられし橋木の香ただよふところを過ぎぬ

待つ君は杖突き来ます囲みたる誰彼の問ひに応(いら)へをしつつ


  東 京 實藤 恒子

伊那谷の草平の疎開せし跡を慕ひ来ましぬ土屋先生夫妻は

側溝に山棟蛇泳ぐをしばし見て奥伊那谷に友らと遊ぶ


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

やつと止んだと思ひしときに又しても瞼の痙攣とどまり止まず

思ひ詰め過す二三日まなぶたのふるへが逃げよ止めよと誘ふ


  小 山 星野 清

幾たびもパスポート見せてたどりつく搭乗口にて更なる検査

乗客をかくも疑ひ調ぶるかあるかも知れぬテロにおびえて


先人の歌


                    樋口 賢治『五月野』



犬にむきひとり物いひゐる吾が子嫁ぎて行かむ日の近づきぬ

母の亡き家を守りて幾年かおろかしきまでにただ従ひて

碁を打ちて居る吾に来て暫し居し青年に伴はれ子は出でて行く

柿落葉散りぼふ狭き吾が庭に待ちて迎ふる老いし吾が犬

十八年はやき過ぎ去(ゆ)き今日ありて装ふ吾が子見む人の亡し
                     

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