作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成16年10月号) < *新仮名遣>  


  埼 玉 松川 秀人 *

炎天下汗も拭かずに店探しうまくいかぬも気晴らしになる


  朝 霞 松浦 真理子 *

自己破産する友達に金を貸すその物欲を分けて欲しくて


  千 葉 渡邉 理紗 *

葦簀(よしず)からすける光の明るさで悩める人を救えなかった


  宇都宮 秋山 真也 *

今僕は息をしているから仕合せだ明日の朝日も拝んで見せる


  川 越 小泉 政也 *

夜勤の休憩フロアを通る風僕と同じに孤独なのかな


  愛 知 高村 淑子 *

挙式の朝庭の緑の色濃くて初夏の風我を送るか


  京 都 下野 雅史

降る雨に沖より浅瀬を目指しくる魚の群にまじりて泳ぐ


  大 阪 浦辺 亮一 *

二条城の前を通れば心弾む日本史志望の学生ぼくは


  倉 敷 大前 隆宣 *

台風にとばされそうな古い家雨漏りの場所が二つもふえぬ


  北海道 小倉 笑子 *

いく度もくり返し書き直す論文も今では楽し思いがけずに


  藤 枝 小澤 理恵子

平仮名を教はりし吾子に見つめられいつになく字を丁寧に書く

  京 都 池田 智子 *
炎天に鉾組み立てる青年の上腕筋に見とれておりぬ



(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

きつつきは木を打ちつつも眠らむか吾は眠りの中に醒めゐる
花火より花火の上がる闇の中妻は妻の考へにゐむ


  島 田 八木 康子

中也論の講義にただに俯きし若き日の我ハセガワヤスコ
あらかたは夢のごとくに過ぎゆきて時は覆へり疎みし影も


  福 井 青木 道枝 *

子規のこと茂吉のことをもっと知りたいチェコの田舎を歩いておりて
かの日々をコロラドに共にありたりき君よ夫よ自負つよく持ちて


  ビデン 尾部 論 *

トタン屋根打つ雨の下出口なき今はただ耐えゆかんとす
窓を開けまぢかに虹の立つを見よスイス人の秘書入り来て言いぬ


  東広島 米安 幸子

「アララギは一人の人の物ならず」息荒き伴明子さんの声を忘れず
紫水館にふた夜を寝ねしがただ一度君との遠き旅にてありき

  横 浜 大窪 和子

イギリスのこの青年と結ばれし汝が必然もわれら諾ふ

小さき諍ひ見するふたりにほのぼのと顔見合はせぬわれとわが夫


選者の歌


  東 京 宮地 伸一

みまかりて三十年か暗き部屋に今も箪笥は妻の匂ひす

この部屋に並び臥す四人の子らを見てしあはせと言ひき遠き日の妻


  東 京 佐々木 忠郎

心尽しの伊予万歳に堪能し今宵程よくわれ酔ひにけり

空港のゲートの外に手を振れる目を病む矢野さんに吾も手を振る


  東 京 三宅 奈緒子

遠く近く心一つにつどふなり今年は石手川清き山渓

表現は自己確認と若き一人進みて言ひて一座いきほふ


  東 京 吉村 睦人

最後の力ふりしぼりしか仰向けに落ちし油蝉飛び立ちゆけり

七年の時過ぎゆきてさまざまに変れる中に変らぬ一つ


  奈 良 小谷 稔

十七の幼き心に八月の日記に書きし「再起」といふ語

萱を食ふ牛しづかなる昼時を詠めるは吾のはじめての歌


  東 京 石井 登喜夫

老年の体壮年の脳といふ診断にわれ立ちゆかむ心きまりぬ

母と共に見し伊予万歳を思ひつつ涙にじむを許したまへよ


  東 京 雁部 貞夫

霧の上に雪の山々見え渡り今し氷河に一歩をしるす

しんとせる真夜の氷河に一人立つ空は漆黒星真砂なす


  福 岡 添田 博彬

しかし吾幼く母の逝きし時父異なる兄達と心通ひき

去勢され庭に出る少なくなりし犬日中を長椅子の下に横たふ


  さいたま 倉林 美千子

牛の背より外して塩を負ひゆきし歩荷の道の木の間に残る

清き水ありて住みつきし落人の村の棚田も田植済みたり


  東 京 實藤 恒子

熟田津をひとり決めして落つる日の雲に入りゆく時の間を見ぬ

あかときの渓間の緑に真向かへばひととき響く蜩のこゑ


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

漕ぎ出でなとこゑ上げし額田王に白村江惨敗の予感ありしか

背を正し点字をなぞり歌評聞く三島君を永遠に胸にとどめむ


  小 山 星野 清

プラハにて日本人初めてのヴィオレッタ演じおほせり汝が子朱美は

おづおづと問へば指揮者のハイン氏は我らがプリマ朱美を称ふ


先人の歌


虫の声       土屋文明



窓の下に何時生れたるこほろぎか飼ふ声よりはひそひそとして

光及ぶ葉に降りて居る夜の雨声はこほろぎとも耳鳴りとも聞こゆ

人の世を終へし思ひに虫を飼ふ日に幾度も瓶をのぞきて

瓶の中に夜もすがらなる虫の声雨の降る夜はすずしくなりぬ

あかつきの光にきほふ虫の声小さく老いて妻の眠れり
                     

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