作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成17年4月号) < *新仮名遣>  


  千 葉 渡辺 理紗 *

眠れない夜に限って冷蔵庫がひそひそ話のように思える


  宇都宮 秋山 真也 *

対い合う山にひとつの星隠れオリオンはいまだ完成をせず


  川 越 小泉 政也 *

タクシーで番地を言えばすぐ走り僕の発音に自信をもちぬ


  京 都 下野 雅史

青銅より始まりし古代の発展を思はせて展示物はみな青みを持てり


  大 阪 浦辺 亮一 *

大晦日の病室に臥すわがつれづれを慰めて清き雪降り始む


  西 宮 内海 司葉 *

平野部を二キロ四方の雲の影動いていくのを授業中見る


  京 都 池田 智子 *

肉筆の文字に笑顔を見たようで胸満たしくる湯のごときもの



(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

憎みつつこころ滾ちてベランダに出づれば遥か西は雪雲

地下鉄のいきなり地上に出でし時不意に浮びぬ汝の横顔


  福 井 青木 道枝

ふとしたる折に発せしわが声に荒くなりいるこころを知れり

青年の机に残りし一冊の聖書たずさえその棺のまえ


  横 浜 大窪 和子

庭の薔薇の常なく冬を咲きつぎて伝へくる津波の死者二十万人と

地下鉄を東京メトロといひ替ふる感覚恥づかし見ても聞きても


  東広島 米安 幸子

ずんずんと雪はますぐに降り込めて家四五軒の無音の谷か

あたたかな光を返す雪の棚田光はすなはち我をも照らす


  島 田 八木 康子

初孫は今五センチの胎児にてビデオの中に手足動かす

自己愛が己支ふる日もあらむ過ぎたることは忘れて寝ねむ



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

咳すれば直ちに腰にひびくなり人並みに我も老に入るらし

うづたかき本の山をば掻き分けつつふと思ふ今は何を探すか


  東 京 佐々木 忠郎

若き日の涙を妻は恋ふるらし今夜は「風と共に去りぬ」のビデオ取りをり

山の家作らむと密かに妻が買ひし黒姫の土地見たることなし


  三 鷹 三宅 奈緒子

石垣りん凛たるその詩と生涯と年ながくわが畏怖して来たりぬ

山並みの見えずなりたりオリオンもながく仰がずビル陰に住む


  東 京 吉村 睦人

山行かずなりて幾年今日見たる雪かぶりたる遠き山なみ

浮び来る面わは常にやさしかり現実との隔りはさもあらばあれ


  奈 良 小谷 稔

月を背に帰りし夜々もありたるを職退きて月の齢にうとし

職にありし頃を思へばもう一人のわれを蔑むしばしばなりき


  東 京 石井 登喜夫

病棟に吾ほど元気なるは見当らず八十歳の青年かわれ

午前二時目ざめて再び寝ねがたく万葉集雄略天皇より暗誦はじむ


  東 京 雁部 貞夫

立ち枯れし胡楊の大樹おびただし楼蘭王国栄えし跡に

厚き板の内なる木乃伊は彫り深く若き女ぞ羽根飾りして


  福 岡 添田 博彬

賜りし海棠枯れて残りゐる錦木の日に透く紅耐へ難し

年々に思ふのみなりし海棠の鉢植見出でぬ君亡き後に


  さいたま 倉林 美千子

たちのぼる秋の陽炎山深く伐りたる杉の放置されたり

その技を伝へし親王を尊びて木地師ら舞ふか夜の篝火に


  東 京 実藤 恒子

元旦もなく勤しみし長沢美津の小論成りてこの年は暮る

卒業生三十人の文学者の生それぞれに篭めし一冊


(以下 HP指導の編集委員)

  四日市 大井 力

許されて家に眠れる束の間をあはれ幼きふるさとの夢

縁側の日ざしのなかに脈かぞふかく過ぎてゆくときのかなしく


  小 山 星野 清

朝より庭のプールに入る友の若さともしみカメラを向けゐつ

この夕べこよなく楽し君の庭の竈に今し焼かれしピザに


先人の歌


土屋文明



雪消えしばかりの土のべとべとに手につく親し浅葱を掘る

浅葱の群がる萌えに手を触れて春ぞ来にける春ぞかへれる

にんじんは明日蒔けばよし帰らむよ東一華の花も閉ざしぬ

折りて来て一夜おきたる房桜うづだかきまで花粉こぼしぬ

二声に啼く筒鳥は谷こえて今日のよき日に吾を呼ばふなり
                     

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