作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成17年6月号) < *新仮名遣>  


  京 都 池田 智子 *

おまえとの命綱だと言っていたピュアホワイトの携帯電話


  東 京 坂本 智美 *

学生証の顔写真で睨んでる鋭い眼つきはもう過去のもの


  日 高 松川 秀人 *

軽快な鉄道唱歌のブザー鳴り踊り子号はゆっくりと発つ


  千 葉 渡邊 理紗 *

おそらくは上野公園の鳩ほどにここの職場も平和ではない


  宇都宮 秋山 真也 *

売れ残りの萎れた紫や黄のパンジー花を摘むのはおじさんひとり


  埼 玉 小泉 政也 *

子供嫌いと思っていたが姪っ子は可愛くて会いたくて帰宅を急ぐ


  京 都 下野 雅史

屋台より刺激の強き香りして此処は日本にあらずと思ふ


  大 阪 浦辺 亮一

珍しき間違ひ電話だ髷をどこに持つて行つたとまくし立てゐる


  西 宮 内海 司葉 *

白猫は額に少し口紅をつけて海老煮る鍋を見ている


  倉 敷 大前 隆宣 *

老いし母が雛を違い棚に出している八十一年前の雛なり




(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

朝光は確かに木瓜を咲かしめて吾に纏はる憂さも晴れゆく

保身のみに動く彼らか椅子畳み言葉掛けずに会場を出る


  福 井 青木 道枝 *

信号を待つ間に仰ぐあわき雲たいせつなもの見失ってないか

Rutgers(ラトガース)のあたらしき暮し告げきたる鹿を轢きそうになったと今朝は


  横 浜 大窪 和子

白と思ひゐしものに色が見えてくる雪に埋もれて歩む山路は

根こそぎに企業が変はる予兆なるかわが小企業に何が及ばむ


  島 田 八木 康子

わが母の柩と共に焼かれゆくただそれだけに咲きたる花か

この細き背骨に薄き骨盤に育まれしか支へられしか


  東広島 米安 幸子

手術日の迫りて夫の言ひいづる職場のロッカーの鍵のことなど

ひくひくと息づく首に手を巻きて何をか言ひしわが若き日に



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

月の下に昨夜位置せし木星が今宵ははるかに引き離したり

月と並び水にゆらげる木星を見つつ今宵も橋わたり行く


  東 京 佐々木 忠郎

庭木々の春のよそほひ瑞みづし就中(なかにつき)老いしオンコの萌黄

このオンコは家畳み上京する時に少年われが提げ来しものぞ


  三 鷹 三宅 奈緒子

かはらぬは四十雀のこゑくろぐろと卒塔婆(そとば)破(や)れ立つまでの歳月

こののちにこひねがふは何茫々と人過ぎことの過ぎて何時まで


  東 京 吉村 睦人

新津澄子氏の病気治るまでと引き受けし千代田区の高齢者短歌会五年目に入る

法くぐり財蓄へし西武会長歴代の総理とは皆懇意にて


  奈 良 小谷 稔

豌豆の蔓やはらかにわれの手を乞ふも心の明るさとなる

常になにかせねば心のおちつかぬ貧しき性は若き日のまま


  東 京 石井 登喜夫

魂抜きて墓とも言へぬ石ひとつけさの海北風(あらせ)に叫ぶかとみゆ

父方は祖父をすら知らず何せむに残れる石ら語ることなく


  東 京 雁部 貞夫

長き年月「アララギ」に何を学びしや擦れつ枯らしの歌の数々

右顧左眄続けし彼の八年か洞ヶ峠の順慶に似て


  福 岡 添田 博彬

膝に寄る犬を訝しむ暇なく体と家が浮く感じせり

揺られつつ火を消し怯ゆる犬宥め頭上を仰ぐ数十秒の間に


  さいたま 倉林 美千子

またしても地震(なゐ)の報道マグマ抱く星に棲みゐることを知れよと

今ごろはロシア上空か日本に十日ゐて会はずに帰りゆきたり


  東 京 實藤 恒子

悲しみは不意につき上ぐ穏やかに笑まふ作務衣のうつしゑのまへ

何よりの供養とならむ告別式のみ子のバイオリングノーのアベマリアは



(以下 HP指導の編集委員)

  四日市 大井 力

感情の起伏はげしき『病牀六尺』読みていくらか救はれてゐる

睡眠をおそれてしかも夜の長さ恐ると子規といへども書きき


  小 山 星野 清

天井に漫画もどきに並べるはまがふなきこの国の地獄極楽図

ジャワ島よりバリの村に来て稼げるか用水の上に飯場かまへて


先人の歌


韮の花        吉田正俊



纏(まとま)りなき考へにこのごろ終始して食ひ飽かぬまに韮の花となる

宵闇に韮の白花にほへれば立ち尽すかも月の出づるまで

玉蜀黍焼きて貪り食ふ時にかなし高きをめざすといふ言葉

よこたはる早や秋づける風の中怒りのままに微睡(まどろみ)の来る

擬宝珠の高く伸び出し散り方の花茎の上にふる夏の雨


(現代歌人叢書・吉田正俊歌集『草の露』より)
                     

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