作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成17年7月号) < *新仮名遣>  


  埼 玉 松川 秀人 *

後ろ向き歩く人らを声もなく誰もが見てるおかしな時間だ


  千 葉 渡邉 理紗 *

かくれんぼの鬼まだ遠い昼下がり日陰の桜はこれからひらく


  宇都宮 秋山 真也 *

縁により生じ縁により滅ぶという昨日の禅の日めくりめくる


  川 越 小泉 政也 *

エンパィアステートビルから見下ろす光景は富と栄光と無秩序の跡


  京 都 下野 雅史

日本語を話す台湾人を愛すべき知人と思ひてこの国を愛す


  大 阪 浦辺 亮一

始業ベルに目覚めて慌て読みさしの論文を掴み急ぎ走りぬ


  西 宮 内海 司葉 *

殺されてばらばらにされて熱い油に放り込まれて美味しいトンカツ


  倉 敷 大前 隆宣 *

体力が少しずつ落ち大学時代の元気なころをなつかしむ日々


  京 都 池田 智子 *

ワープロに向かいてキーに手を置けばここが私の居場所と思う




(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

夕空に紛れむとするマンションの非常階段を人のぼりゆく

瓶の角砂糖掴めば残りの崩れゆきいまだ止(とど)まる吾が寂しさは


  福 井 青木 道枝 *

この家のいずこも雨の音の中われを疎みわれをいとおしむこころ

「短歌などやめておしまい」ワルシャワより買い来し魔女が鴨居に揺れる


  横 浜 大窪 和子

踊らむとして組みしとき冷たかりしその手を思ふ時を隔てて

飛礫のごと入りくる迷惑メールの中に今夜も拾ふ君のメールを


  東広島 米安 幸子

父も母もこの病棟に死にたるを痛みに耐へつつ夫の言ふなり

夫と見し桜を今日はひとり見る咲き極まれど哀しきものを


  島 田 八木 康子

スイッチの入るごと不意に昂りし物言ひとなる我に驚く

茜さす長き木の橋たはむれに素足となりて母と渡りき


  ビデン 尾部 論 *

巨大なるショートケーキを分け合えりスイス・レストラン・チーム最後のケーキ

反日のデモの報ありし日に中国人の休職願受理す



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

荒れ極まるわが家に帰り灯を点すああ妻死にて三十年か

物ぐさの男二人の住む故に物置となるどの部屋もまた


  東 京 佐々木 忠郎

地につきて蔓延(はびこ)りやすき蛇苺抜きて捨つればその土に這ふ

「名恐ろしきもの」と言へども蛇苺をわれは愛すその葉も花もくれなゐの実も


  三 鷹 三宅 奈緒子

「詩歌のことばは光」と言へり上田三四二の言葉は今日の吾を支ふる

おのが脚に今日は歩みて万助橋紫橋と過ぎ帰り来ぬ


  東 京 吉村 睦人

ぶよぶよとなりたる脳の一隅のなほ記憶する一つ悲しみ

越境生溢れてをりし今川中学校生徒減りて廃校となりぬ


  奈 良 小谷 稔

「アララギ」のなき今何と告ぐべきか赤彦の墓に保義の墓に

君の庭の胡桃に手触れ嘆くともまことを写す心継ぐべし


  東 京 石井 登喜夫

首すこし傾げて入りて来る少年まもなく二米を超ゆるかも知れず

吾もかつて祖父に明かししことありき健康なる「性」と思ひ頷く


  東 京 雁部 貞夫

「西蔵図志」の古りし一枚新たなる生命(いのち)を得たり我が書飾りて
『岳書縦走』成る

幾十人かその名書き終へ一服す比叡の見ゆる君が社屋に


  福 岡 添田 博彬

ミゲルのこと問ひ来し人に少し恥ぢ信無き告げて吾が笑はれぬ

桜咲く下に靴履き母と立ちし記憶あるゆゑに生き来しと思ふ


  さいたま 倉林 美千子

橋を渡りまた渡り着きし友の島雨温かし菜の花に降る

病み篭る友を訪はむと思ひたちこの夜自(みづか)らが救はれてゆく


  東 京 實藤 恒子

跳る海老の皮むきくれしを食(たう)ぶればしこしことしてほのかに甘し

海賊に襲はれ開放されし三人伊予水軍の海に思へり



(以下 HP指導の編集委員)

  四日市 大井 力

病みて知りしあはれのひとつ何時もいつも人をうかがひ生きゐるおのれ

考へ込むときの仕草の吾に似て目元を指に抑ふるわが子


  小 山 星野 清

航路示す画面を見れば五大湖が大きく映りニューヨーク近し

わが部屋の向ひの五十階建てのビル明かり点らぬまま夜となる


先人の歌


近藤 芳美   (歌集『吾ら兵なりし日に』より)


昭和50年に『早春歌』の補遺として編まれた。
昭和15年9月25日補充兵として、召集され工兵として揚子江沿いの都市武漢へ向かった。


ポケットを弛(たる)ませ重き認識票ありよはひ後れて兵となる日に

ささやき合ふ兵の国訛しげき中生死を思ふ遥かなる如

傍らより軍装をなでむばかりなる父母に遺髪袋を渡さむとす

崩れたる壁より深く月射して銃抱く一人一人を照らす

少年の眼をして巴里を行きしとふナチスの兵を思ふ何ゆゑ
                     

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