作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成17年8月号) < *印 新仮名遣い>  


  宇都宮 秋山 真也 *

淡き恋共にしたくて貸した本戻ってくれば君の香がする


  川 越  小泉 政也 *

母の気持を僕が和らげられるなら何でも言ってよ僕も大人だ


  京 都 下野 雅史

誰も怒らず誰も急がず緩やかにホテルの庭に鳥の声ごゑ


  大 阪 浦辺 亮一

初めてゼミの発表を終へし後先輩が大きな声のみ褒めてくれたり


  西 宮 内海 司葉 *

タタン、タタン、タタン、タタンと音がして見れば杖つく子供の足音


  倉 敷 大前 隆宣 *

夜になり港に濃霧が立ちこめて船の汽笛で眠りが浅い


  京 都 池田 智子 *

わたし今生まれて初めてタンポポの綿毛が飛び散る瞬間を見た


  東 京 坂本 智美 *

喧騒や雑音さえも完封しフイット力の強いイアホン押し込む


  埼 玉 松川 秀人 *

辛い過去どこでケジメをつけるのかページをめくりふと考える


  千 葉 渡邉 理紗 *

星々をプラネタリウムはわりきれし優等生のごとく映せり




(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

夜の更けの居間に溶け込むパソコンの常時接続の緑の灯り

星ごとに宇宙はあらむよ居酒屋に彼を貶めることでもないぞ


  福 井 青木 道枝 *

生後三日に交換輸血受けし子が今は医師となり新生児を診る

時差に疲れぼんやりとして向かう窓わたげが一つ風に入りくる


  横 浜 大窪 和子

夜半覚めてものいひしかと己を問ふ夫よさびしき夢見しならむ

話すことは尽きずといひて降りゆきぬ駅の人混みに高き後ろ背


  東広島 米安 幸子

夫にわれに母のいまさず吾が慕ふ君に母の日の花を贈らむ

桜若葉にかよふ風あり明日より仕事に復帰する夫とゆく


  島 田 八木 康子

大丈夫と励ます声に飛び降りし夢より覚めてこの浮遊感

いつまでも我には寒き四月尽里より母の形見が届く


  ビデン 尾部 論

雪の夜に馬の嘶き聞こえ来る野心の一つ生れしその時

ハーモニカを二十年振りに吹きてみる宴会果てし後の広間に



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

急患に泌尿器科の医師親切なり廊下には友の幾人か待つ

なつかしき雲巌寺に詣でかの石段のぼりしことも身にこたへしか


  東 京 佐々木 忠郎

どくだみの犇き咲ける庭に立つ葉の放つ香も爽やかにして

わが妻を疎みし友の葬りにゆく妻は呟く「逝けば仏よ」


  三 鷹 三宅 奈緒子

つねにかたへにあでやかにゐし人は亡く個展会場に今日きみ一人

「激しい人でした」亡きを言ひつつつくづくと終りし二人の経(みち)を回顧す


  東 京 吉村 睦人

片詣りはいけないとしきりに友言へば元善光寺に来たりぬ朝のひととき

元気もどりし先生ならむ選歌稿の欄外に「この添削うまし!」と注記


  奈 良 小谷 稔

吹く風のさはやかにしてしきりに散る楓の花を総身に浴ぶ

若葉透す光にこの身清められ入りて「樹上座禅」の明恵を拝す


  東 京 石井 登喜夫

をりをりに箸より落つることありて苦しみながら蜂の子を食ふ

くれなゐを恋ふるはをさなきアペタイト過ぎてはるかに思ひこそすれ


  東 京 雁部 貞夫

改憲論に若者多きも現実かいつか来た道引き返さむと

メーデー歌うたふ列にも行き会はず五月一日都心の街に


  福 岡 添田 博彬

此処に一年学びし吾を知る桜樹(さくら)花片(はなびら)散れり今日在るよすがに

高きより桜散る下に眼閉づ此処に父母(ちちはは)健やかなりき


  さいたま 倉林 美千子

「おもろさうし」読み継ぐ夜半のわが窓を遠世の神かひそかに叩く

月光を含みて垣の卯の花も咲き静まれり眠らむ吾も


  東 京 實藤 恒子

霧うすれしばし浮かびし来島の大橋はまた濃き霧のなか

「少し歩かう」と君と出で来し島の港渡し舟一つ入りて来りぬ



(以下 HP指導の編集委員)

  四日市 大井 力

三月の孟宗三月の空のもとひびけり彼の世を恋ひ止まぬ身に

又元の頑なの心に戻りゆく薄闇が青みを帯びてくるころ


  小 山 星野 清

踏み入ればかの青の見ゆ遠く来てフェルメールの絵にまた出会ふよろこび

大運河にゴンドラ浮ぶ「ヴェネツィァ」のこの明るさまさにターナーのもの


先人の歌


柴生田稔歌集『春山』より



何もかも受身なりしと思ふとき机のまへに立ちあがりたり

海こえてオデッサの町のあることも心にとめて曾てなげきつ

国こぞり力のもとに靡くとは過ぎし歴史のことにはあらず

いたく静かに兵載せし汽車は過ぎ行けりこの思ひわが何と言はむかも

なほいまだナチスの民にまさらむと語り合ひにき幾年前か


 前回が近藤芳美の大戦に関わる作品であったので、同じ世代を生きたアララギ作者、柴生田稔のものを挙げておく。21世紀はまた別の意味で大変な時代になりそうだ。昭和9年から13年にかけて、大戦の気配の兆すころ、良識ある人々がどんな気持で日々を過ごしたか、それを考えながら読みたい。
                     

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