作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成17年10月号) < *印 新仮名遣い>  


  東 京 劔持 泰子 *

「好き」よりも「がんばれ」よりも何よりもひとこと「会いたい」それだけでいい


  東 京 坂本 智美 *

食事中指先を見る君のためにネイルサロンの扉を叩く


  東 京 花塚 千恵美 *

振り向けば母はこっちを見つめてたその瞳には寂しき光


  埼 玉 松川 秀人 *

花一つ手向けられざる子規の墓哀れさ深く心に沁み入る


  千 葉 渡辺 理紗 *

どくだみの花弁の形に朽ちて散るてるてる坊主を軒からおろす


  千 葉 鈴木 久美子 *

好きだった昔の本を開けてみる高校生の気持ち知るべく


  宇都宮 秋山 真也 *

朝日待つただそれだけに我が脳は今を漂い抵抗をせず


  川 越 小泉 政也 *

戦後世代のその又子等がわが世代僕等も戦争経験をするのだろうか


  京 都 下野 雅史

日に焼けし体にアロハシャツを着て歩めばこの島の人と変らず


  大 阪 浦辺 亮一

心ふさぎ夜道を朗々と歌ひつつ歩めば怪しみて人の振り向く


  西 宮 内海 子葉 *

猫だって考えることは多いだろう窓辺に座ってしっぽだけ振る


  倉 敷 大前 隆宣 *

裁判ごっこで遊ぶ子どもら気に入らぬ人を有罪にしてはやし立ている


  京 都 池田 智子 *

五年後も五十年後も今日のままあなたはずっと二十九のまま



(以下 HPアシスタント)

  福 井 青木 道枝 *

川沿いに熱き砂踏みどこまでも十三世紀の塔が見おろす

不敵なる今日のこころよ朝しばし車の中にわが目をつぶる


  横 浜 大窪 和子

誕生祝の紺の甚平好まぬなど言ひつつ夫のよく似合ふなり

父ふたりの遺しし掛け軸季節ごとに掛け替ふるとき心鎮まる


  那須塩原 小田 利文

健やかに今朝は笑へば連れてゆかむ遠く霞める榛名の山に

雨は上がり幼の腹も治りたり妻よ遊ばむよ榛名の湖に


  東広島 米安 幸子

ひとり子にすることなかれ母われにその寂しさを見てゐむものを

決めかねし心やうやく整ひてわれに返れば蜩の声


  島 田 八木 康子

見も知らぬ人の悩みにも応へつつ育てられ来ぬインターネットに

いつかしら掛け替へのなき友となる「夫婦」の末をほのぼのと聞く



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

蝉の声をととひ初めて聞きしものをけふは路上に死骸ころがる

脚曲げて仰向けになり動かぬ蝉見おろして行く夕かげの道


  東 京 佐々木 忠郎

息子来て草むしりせしはうれしけれど日本たんぽぽああ跡形もなし

産卵の処(ところ)を探す黒揚羽みかんの葉むらにけふも来て舞ふ


  三 鷹 三宅 奈緒子

たれこめて蔵王も見えぬ七月の曇りをゆきぬみ葬りのため (悼扇畑忠雄先生

柔軟なるみ心たふとし「老いてなほ美しきもの」を見むと詠ひき


  東 京 吉村 睦人

国家や国旗を強制してはならぬとふ天皇のみ心に服(まつろ)はぬ者ら

嘘つかぬ政治家などはゐる筈なし政治とは人を騙すことゆゑ


  奈 良 小谷 稔

禅寺の開け放たれて畳ひろき書院に徹る葉刈りのひびき

長生きの世となり厄除のこの寺も厄年に八十五歳を加ふ


  東 京 石井 登喜夫

雲の間に日はありながら流らふる霧は林床の隈笹濡らす

高原は蓮華つつじの花のときおのづから耀く若人に似て


  東 京 雁部 貞夫

串木野より海上八里なぎ渡り友の墓ある島へ近づく (甑島行)

里江石平良藺牟田に青瀬など島の港は良き名を持てり


  福 岡 添田 博彬

桜の花降り来る下に眼閉づ過ぎて速きかな六十年は

蕊赤く花散る下に眼閉ぢ思へど母の仕種の一つも知らず


  さいたま 倉林 美千子

遠きビルの上に傾く七つ星耐へて今立つこの身を掬へ

足るといふ心に遠くからうじて日限の仕事終へて灯を消す


  東 京 實藤 恒子

大平峠を下り来れば松川沿ひにふはふはと白きアオダモの花

アオダモの近づきがたき気高さや山川の気にかかはりあらむ



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  小 山 星野 清

潰えたるツインタワーのありし跡土あらはにして生ふる草見ず

思ひ浮ぶ映像もうつつなるこの跡も見てゐるわれもみな泡沫(うたかた)か


  札 幌 内田 弘

山道に沿ふ白樺途絶えたりほどなく疎らな細き岳樺

遥かなる埠頭のクレーンの高低を見つつ山頂に思ひは茫々


先人の歌


小暮 政次   『第六歌集私稿』 昭和三十七年より抜粋



病みて吾がとづる眼に残像の緑しばらく輝くあはれ

よろこびに輝くごとき月のかさ雲はうすぎぬとなりてまつはる

たぎる湯に春の青菜を入れて待つ青菜煮ゆるを待つはたのしも

松の芽のたけゆく晝をひとり来て松の葉を摘む人と話する

ことわりはことわり故にさびしかりき人去りて又数字を拾ふ


「注」『第六歌集私稿』は、石井登喜夫記録のノートを基に小暮先生夫妻が       自身でタイプ印書された私家版。石井の小暮師事をすることになった初期のもの。
                     

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