作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成19年5月号) < *印 新仮名遣い>  


  京 都 池田 智子 *

洗濯機の操作洗剤の使用量パジャマのままで伝授している


  高 松 藤澤 有紀子

けばけばしき街の明かりに遮られ下界に届かず星の光は


  宝 塚 湖乃 ほとり *

コンビニに深夜出かけて行くだけでいけないことをしている気分


  武蔵野 坂本 智美

刷りたてのインクの匂いに包まれる独りで作る生徒の歌集



  埼 玉 松川 秀人

声嗄れて喉痛くなるまで原稿を読み続けても不安は消えず



  千 葉 渡邊 理紗

風評も自分の一部となることを教えて影がのびる日の入り




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

ようやくにこころ立ち直り書くわれを知っていたかのように夫居り
幼なふたり眠れるときをとぎれとぎれに読み継ぎき源氏物語五巻



  横 浜 大窪 和子

奥穂山頂下るに俄に雲は動き飛礫のごとき雨走りゆく
踊り始めむその一瞬を共に待つ今宵の曲に心集めて



  那須塩原 小田 利文

澄む空に鳴く鳥のやうに歌はうよスパムの消えしホームページに
障害児を支ふる家族のドキュメンタリー若き父親の親し切なし



  東広島 米安 幸子

大丈夫と言ひつつふらつく夫の背を支へて帰る火祭りの夜
最終便が着きて空港は灯を落とす父待ちし幼すでに寝入りて



  島 田 八木 康子

風力発電の風車は唸る遠州と駿河の風を切り混ぜながら
母の忌を告げて来たりぬ週末はロクロにひたに向かふ弟




選者の歌


  東 京 宮地 伸一

人間の極限の表情と言ふべきか胸迫り見き米軍の捕虜を
手に提げて重きを喜びし日も過ぎて梅酒は最期の一滴となる



  東 京 佐々木 忠郎

後遺症の右足支へこし左の足けさ起きがけに激痛走る
ベッドより下り立たむとすれど痛し痛しいつかは襲ふと思ひゐし現実



  三 鷹 三宅 奈緒子

落ちばなの白きが樹下に散りたまり椿の園にひかりしづけし
華麗なる世界よりつひの寂寥へ式部の至りつきし思ひか



  東 京 吉村 睦人

小さきベッドの中に横たはるただに小さき一つの命
生まれ出でてまだ数時間早々もあくびのごとき口もとをせり



  奈 良 小谷 稔

久々に古本のにほふ中にゐて新しきテーマ思ひつきたり
わが死後に遺らむ本か灯火を消してしばしを並ぶ残像



  東 京 石井 登喜夫

午前四時目ざめゐて思ふパンがなしハムがなし牛乳がなし
右足麻痺の吾の炊事の物音に妻の悲鳴が折々聞こゆ



  東 京 雁部 貞夫

ホームシックの生徒らなだめ山越えしこともなつかし半世紀経つ
宿ひとつなしと嘆きしウエストン百年経し今湯宿さまざま



  福 岡 添田 博彬

観世音寺に向かふ道狭く車椅子の吾に突進する車に自転車
啜りたる後は飲み門に留まるもの易く出づるを癌病みて知る



  さいたま 倉林 美千子

思はぬ冷気に吾が包まれぬ夕あかね染みし築地(ついぢ)に触れて立ちつつ
この墳に寄りそひてゐし皇子(みこ)二人誰そ血ぬられし斑鳩の世の



  東 京 實藤 恒子

日並皇子を悼める歌を読む今日の講座に亡き人も来よ
逝きし人を心に構内をさまよへば淡あはと咲く十月桜は




(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  四日市 大井 力

丘の畑に培ひたまひけふ貰ふツタンカーメンの末裔(すゑ)の豌豆十粒
一生涯悟り得ずと分りたるときより無限の三十一文字



  小 山 星野 清

靴の音高くロビーに現はれぬ五十年前のわが女生徒が
年の差によるかインドの風習か妻なる君の言葉やはらかし



  札 幌 内田 弘

コップ一杯の水が咽喉を通りゆき昨夜の酒を洗ひ流せり
わが書架に雑誌乱れしこの七日心の紊乱に重なりてゐる



  取 手 小口 勝次(HPアドバイザー)

満作に似る楓の木の古き肌長きを生きしものの凸凹
年間の会の運営案を書く食事に呼ぶ妻の声を聞きつつ



先人の歌


斎藤 茂吉 (歌集『白き山』より)




しづけさは斯くのごときか冬の夜のわれをめぐれる空気の音す
彼岸(かのきし)に何をもとむるよひ闇の最上川のうへのひとつ蛍は
蛍火をひとつ見いでて目守りしがいざ帰りなむ老の臥処(ふしど)に
最上川の上空にして残れるはいまだうつくしき虹の断片
最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも

                     

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