作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成20年6月号) < *印 新仮名遣い>


  大 阪 目黒 敏満 *

夕暮れはいつも寂しさ満ちくれど君くる今宵の今日はこれから



  高 松 藤澤 有紀子 *

三年前おずおずとくぐりし園の門をわが子は胸を張りて出でゆく



  宝 塚 有塚 夢 *

君の名の検印できたよと渡されてやる気アップの塾講師業




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

ふと咲喜(さき)の指に摘ままれ見つめられここに来たりしポッケの小石
新婚のふたりと別れクラクフより行きし日ありきアウシュビッツへ


  横 浜 大窪 和子

「わかった」と応へて歩む暮れかけし駅までの道わからぬ思ひに
あすはあすの思ひがあらむ傷つきし心やうやく保ちて歩む


  那須塩原 小田 利文

同じ衣装同じお面に五歳児の舞台の端に小さき菜月立つ
歌ふなく踊るなく足を支へられ立ちつづけたる吾が子誇らし


  東広島 米安 幸子

潮みちて水位の高き九頭竜の河口に遠洋漁船泊てたり
午後の日はかたぶきながら雲を染め沖ゆくタンカー動くともなし


  島 田 八木 康子

母のこころ労らざりき思はざりき寒き忌の日がまた巡りくる
鳴く声のまだ整はぬ鶯が朝々我の眠りを破る



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

後期高齢者などと今さら言ひ出せり末期高齢者といはばよけむに
帰化種ならぬたんぽぽをけふは見出だしぬ疲れて坐る川のほとりに


  東 京 佐々木 忠郎

おづおづと憚ることなどあるまいに腰屈め歩む妻を哀れむ
いま少し背筋伸ばして歩めよと吾が前通る妻を叱りぬ


  三 鷹 三宅 奈緒子

くれなゐの嫩葉やはやはと三月の薔薇園あたたかに人の影なし
令法(りやうぶ)の若葉すがしと歩む園かにかくになほ生くる甲斐あり


  東 京 吉村 睦人

国会議員は余計なことをするものか例へば映画「靖国」の試写会要求など
流石に「美しい国」の政府なりお年寄りを「光輝高齢者」と尊(たつと)ぶ


  奈 良 小谷 稔

丹後縮緬の機屋は廃れおほかたは民宿となり蟹の客呼ぶ
一軒のみ機織る音す歩を止めて聴く感傷をひとり憚る


  東 京 石井 登喜夫

珈琲メーカーを床に落して割りたれば何か言ふ筈の妻が黙して言はず
冬を越え得たる思ひもひとしほに伊予のすみれは咲きひろがりぬ


  東 京 雁部 貞夫

星を仰ぎ生の行方を覚りたる古へありき空清かりき
この島にわらび摘みしもはるかにて今年の春も鯛の飯食む


  福 岡 添田 博彬

朝々の目覚めに右の足先に痺れを感じひと日の始まる
淡雪はいつしか止みて辛夷の肌濡るるに春の近きを思ふ


  さいたま 倉林 美千子

誰も誰も今は憂ひなき声をあぐ越前蟹を目の前にして
一人宿り眠り足りたる寂しさに見てゐる煌々と戻る烏賊船


  東 京 實藤 恒子

真白なる富士の火口を見下ろしてわが旅客機はしばしたゆたふ
凪渡る伊勢湾を過ぎし旅客機に飛鳥あたりかと胸あつくゐる


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

南朝方の兵部卿を守り逃げのびてしのぎし遠祖を記す郷土史は
敗軍の将に従ひし地下侍三騎のひとりに至るみ祖ぞ


  小 山 星野 清

この年の冬の花壇に保ちこしはこべ色栄(は)え摘むべくなりぬ
お浸しとなりしはこべの大鉢を笑はれながらわが食ひつくす


  札 幌 内田 弘

鶴嘴を打ちて砕きし一冬の凍(しば)れは三月の日に和らぎぬ
荒れてゐし少年の心よ虫の音(ね)をカセットテープに聞くを吾知る


  取 手 小口 勝次

イージス艦に衝突裂かれし漁船の親子勝浦港にいまだ戻らず
なにごとも無かりしごとく海凪ぎて鴎群がり吾がうへに鳴く


先人の歌


庭前即景(四月廿一日作) (抜粋)




かな網の大鳥籠に木を植ゑてほつ枝下枝に鶸飛びわたる
くれなゐの二尺のびたる薔薇の芽の針やはらかに春雨の降る
汽車の音の走り過ぎたる垣の外の萌ゆる梢に煙うづまく
杉垣をあさり青菜の花をふみ松へ飛びたる四十雀二羽
百草の萌えいづる庭のかたはらの松の木陰に菜の花咲きぬ

 *正岡子規(明治35年没)の、明治33年の作。こういうところから出発して今の我々の歌がある。
 *選者等の歌では、比較的わかりやすい歌を中心に抄出した。出来ることならば様々な味わいのある歌を、本誌により直接に読んでほしい。
                     

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