作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成20年7月号) < *印 新仮名遣い>


  宝 塚 有塚 夢 *

色とりどり蝶のごとくにスカートを翻す集団に吾は溶け込めず



  松 戸 渡邉 理紗 *

スープ飲む口元みたく慎重に声をひそめ語る中傷



  高 松 藤澤 有紀子 *

お茶を飲み教科書めくりてはや今日も日付変更の時は過ぎゆく




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

自転車のおとめら遠く畔をゆき聞こえてきたり柔らかき中国語
不意に手を握り締めたりわが母は冷たきわれの手をあたたむと


  横 浜 大窪 和子

チベットびとの悲しみをわが知らずしてただ憧れゐき青海鉄道に
すこし酔ひて何を訴へたるならむ気遣ふ短きメール届きぬ


  那須塩原 小田 利文

この寺に旅の仕度を調へし節思ひつ夕日のなかに
コンビも団塊世代が標的か野菜と刺身用意して待つ


  東広島 米安 幸子

アララギを超えて直己は読まるべし「九条」危ふき政権の今
被爆者がアメリカに開く原爆展以前にませる反響を報ず


  島 田 八木 康子

初競りの今朝よりいきなり大漁と桜海老が画面にあふる
その母に娘の向ける鋭き口調思へば我もその途を来し



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

先に立ちし息子の皿に残せるにも箸をつけつつひとり酒飲む
酒保(しゆほ)に行き甘味品(かんみひん)やつと手にせるを喜びあひし友すでに亡し


  東 京 佐々木 忠郎

葉陰葉陰に白き小さき花かをる蜜柑の下に草を引く妻
文明先生のみ歌に小川千甕(ちかめ)が絵を添へし茶掛一幅わが宝もの


  三 鷹 三宅 奈緒子

皇子を哀しむ業平の古歌おもふにも今し杉山にキビタキのこゑ
栃材に轆轤(ろくろ)回してひそやかに人をり木の香みつる工房


  東 京 吉村 睦人

父親に似てゐるといふこの幼な祖父に似るといふ声も混じれり
君からの手紙のごとく待ちて読む月々の雑誌の「シベリア通信」


  奈 良 小谷 稔

わが野菜の自給率は約八割か食ひ残す菜の花は蝶呼ぶ
学生とともに聴講し平城(なら)の代の勤務評定の木簡を読む


  東 京 石井 登喜夫

結核に死を覚悟せし日もあれど母はあきらめざりき勁かりき
何を思ひ見てゐし吾か空焚きの薬缶が焦げて穴のあくまで


  東 京 雁部 貞夫

跡位浪(とゐなみ)を見せむと友ら先立ちて蘇鉄自生の海ぎし下る
文明先生岬の馬には目も呉れず波をよみ赤項榕よみ人間を詠む


  福 岡 添田 博彬

三百歩歩きて息のけはしき吾立ち止まらむには杖がいるなり
月の食事三千円が目安にて夜警選びし吾若かりき


  さいたま 倉林 美千子

ハングル刻む種々(くさぐさ)今も着く聞けば漂着したる人もありけむ
帰化人の邑もありしと聞きて立つ越前の冬の輝く海辺


  東 京 實藤 恒子

気をつけよとわが手を取りて女坂を下りゆく君の足取り確か
有田焼の絵皿に透けるふぐの刺身熱燗の味も少し覚えて



(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

天智さんと親しみ呼びてつつましく鰻をひさぐ湖族誇りて
桜の頃の神輿を担ぐことのみに帰省をするか若者らみな


  小 山 星野 清

惑星Xあらむと伝ふる今日の記事日本発の論といふもよし
追はれたる冥王星にとつて代はる惑星を数へたし命ある間に


  札 幌 内田 弘

靄ごもる石狩湾を迂回して隧道出づれば港に船なし
満ちてくるものは遠退き堕ちゆかむ吾が六十五歳のブラックホール


  取 手 小口 勝次

大阪にひとり住む子に青箭魚(さごし)買ふ島根産と聞き迷はず妻と
妻に似て酒弱き子が吾のために買ひ置きくれし灘の一本


先人の歌


小暮政次歌集『花』(昭和26年)より




生活即短歌とふあまき言葉吾は二三分考ひぇて止む
出たらめに作れる吾に小市民のもがきが無しと註文があり
いよいよの事となれば歌に作り得ず其点は一生いつはり終へむ
歌とせぬ吾が生き方の或部分歌とせぬ故君らは知らず
此の年の涙せしことの幾つかは吾が短歌にはあらはざりき


「強ひられて」の一連よりの抜粋
                     

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