作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成20年8月号) < *印 新仮名遣い>


  大 阪 目黒 敏満 *

校門はここぞとばかりに咲き誇るつつじの花を今日も過ぎゆく



  高 松 藤澤 有紀子 *

北アルプスの雪どけ水に足ひたしほてりし体をしばし休めぬ



  宝 塚 有塚 夢 *

郵便で余計なお世話が届いたの「生涯の伴侶、お探しします」




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

帰り来し家の二階に映りいる水かげろうは水田(みなた)のひかり
連弾に夜を夫とのカンタータ「主よ、人の望みのよろこびよ」


  横 浜 大窪 和子

チェ・ゲバラの娘アレイダさん思ひこめてその父を母を語る聞きたり
素朴なる「人間は平等」といふ思想持ち続けたるゲバラといへり


  那須塩原 小田 利文

家が欲し金惜しといふ欲が生みしブリューゲルの絵の如き吾が夢
バギー車のステップの位置下ぐるまで菜月の足の長くなりたり


  東広島 米安 幸子

鋤簾にて畦塗りをりし父母を心に明日香の畦を歩めり
同じ世代を生きて尊き君の歌集月の明るき夜更け読み了ふ


  島 田 八木 康子

告げられしインフォームドコンセント受け止め得ず子の思はざる検査入院
入院せし子ありて痩せゆくわが身体母の遺ししズボンが履けぬ



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

酒よりも旨しと知れり夜半に目ざめ飲む北アルプスの天然水は
気安しとも寂しとも思ふ女住まぬこの家に暮も正月もなし


  東 京 佐々木 忠郎

函館より家移る時荷に入れし鈴蘭は増ゆ下井草の庭に
女子修道院の丘の鈴蘭よく薫る七十年前にわが掘りしもの


  三 鷹 三宅 奈緒子

月光菩薩のみ前にしりへに足曳きて仰ぎて倦かず充ち充つるもの
古き仏に心ゆらぎて帰るとき咲きみちて香りを放つユリノキ


  東 京 吉村 睦人

川戸へと下りゆく榛名の裏道に二十年前採りし黄釣船
二、三日咲きつづけたる釣船の今朝は細長き莢となりをり


  奈 良 小谷 稔

花あまた白く清らに垂れて咲く宝鐸(ほうちゃく)草に膝触れて過ぐ
文明説を顕してわが掲示しぬ竜在峠の杉暗き下


  東 京 石井 登喜夫

家出でて逃れゆきたる夜を知る早くみまかりし末の叔母トキノ
肺病のやくざにお前はやれないと怒鳴りゐし祖父の声父母の声


  東 京 雁部 貞夫

この崎に底ごもり響く海潮音まさしく聞けり「跡位浪」の音を
時化なれば食らふ魚なき浜なりと命迫りし節の嘆き


  福 岡 添田 博彬

朝々に副作用ある薬のみいつまで癌と共に生き得む
変形が定まるまではと腰椎の手術は早しとこの医師もいふ


  さいたま 倉林 美千子

割り切れぬ世界に住める「今唐九郎」此処に一人居て話は尽きず
八百束の薪(たきぎ)投ずるその日をいふその日の君を見たしと思ふ


  東 京 實藤 恒子

さざめきて花の下を帰り来ぬ子規を読みこの月の歌会も終へて
柔らかき声に呼ばるる思ひして目覚むればまどかなる月のしたびに


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

三十余年住まず近所迷惑の家土地離すときは至るか
ふるさとに繋がる家土地売るこころ定めて夏蜜柑の花に会ひにゆく


  小 山 星野 清

九条違反の判決を下ししは定年を目前にせる裁判官なり
再びの妻を得て明るき絵となりしシャガールを言ひき妻亡き兄が


  札 幌 内田 弘

建てかけのビルの鉄骨の間(ま)を透きて夕日が吾を包み込めたり
橋の名のひとつひとつを確かめて渡りゆく時夕日となりぬ


  取 手 小口 勝次

市川の駅より北は「万葉の道」手児奈詠みし歌口ずさみゆく
即詠を出して歌会まで間のあれば明日せむ税務計算浮かぶ


先人の歌


 「短歌現代」6月号で、昭和一桁作者の特集をした。それを読みながら、戦後の世相を思い出した。私は集団疎開児で、終戦直後は栄養失調症であった。父が復員、疎開地で体力を回復したが、柴生田稔先生の当時の作品にこんなのがある。現在も飢えに苦しむ国がある。いじめも今だけの問題ではない。様々考えさせられた。

歌集『麦の庭』収載



二日あとの食さへたどきなかりける五月六月あはれ過ぎつも
配給に頼りて死にしK教授をあざけりし記事わがわすれ得ず
みちのくに息苦しくて覚めゐたまふ君を思ひつつわれも寝らへず
校庭に仲間外れにゐるわが子木蔭より見下して我は立ち去る
いぢめられに学校にゆく幼児を起こしやるべき時間になりぬ
                     

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