作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成20年9月号) < *印 新仮名遣い>


  大 阪 目黒 敏満 *

耳だけで天気をあてる君ならば聞いていたよねあの一言も



  高 松 藤澤 有紀子 *

後はただ荷を入れるばかりの我が新居つばめ巣をかけ我らを待ちぬ



  宝 塚 有塚 夢 *

母校の夏服懐かし合服からああ脱皮する季節に変る




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

のぼり詰め下る急坂多きまち青葉に子らの声のひびきて
体ごと弾みてしまう歓びのありたりしこと忘れいたりき


  横 浜 大窪 和子

さざめける人らの中に分れたり伝へたきこと伝へ得し午後
無差別殺人つひに秋葉原に起こりたり宗教なく思想なく意味さへもなく


  那須塩原 小田 利文

建てるなら平屋の思ひ今に強し阪神大震災に遭ひたる吾は
一○○坪の売地の真ん中に立ちて仰ぐ那須岳に沈む大き夕日を


  東広島 米安 幸子

草を刈り麦刈る鎌の音きこゆ心幼く畦道ゆけば
山吹のなだれて咲ける峠道歩む友の背に木漏れ日のさす


  島 田 八木 康子

年毎に人の言葉の温かさ沁みて疲れし夕べとなりぬ
ここまではまだアーケードの残る店人参の青き匂ひ嬉しく



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

土屋文明は怖いと言ひて同じバスには乗らざりしかな五味智英(ともひで)氏
町かどにつぎつぎ万葉の一首記すこの小川町したしくもあるか


  東 京 佐々木 忠郎

北限は三浦半島神島のはまばうが十年霜に耐へ黄の花ひらく
淡黄色の五弁花つぎつぎ咲きて散り短きいのち見す二週間ほど


  三 鷹 三宅 奈緒子

出づるなく林の家に三日ゐて緑にわが身染(そ)むがにおもふ
ほそほそと令法(りやうぶ)の白き幹立ちてさやぐ若葉を窓より仰ぐ


  東 京 吉村 睦人

優秀な中学生を騙しきてこの島に毒ガスを造らしめたり  大久野島
今もなほ後遺症に苦しみゐる幾人かその中にしてわが知る一人


  奈 良 小谷 稔

上つ瀬に下つ瀬に河鹿鳴き競ひ流れは滅びし跡を貫く
信長に焼かれ三日を燃えしとぞ峡を埋めけむ板屋根の町


  東 京 石井 登喜夫

オン・デッキの材傾きしソ連船沈むがよしと思ひ見てゐつ
業界に名の轟きしわが武勇伝ソ連木材船を二十日間沖にとどめし


  東 京 雁部 貞夫

浜町の界隈夜の賑はひに友あり妻ありしたたかに酔ふ
今庄へ向ふ列車に川渡る水ゆたかなる足羽の川を


  福 岡 添田 博彬

肋骨の歪むは転移とわが知りて夜半の痛みに心顫へき
今日の歩数増えし喜び刻置かず歩幅小さくなりしに気付く


  さいたま 倉林 美千子

十年前のままなる冬木静かにてここに一つの別れ至りぬ
美しく生きていませとひとりごつ吾は吾が日々に帰りゆくべく


  東 京 實藤 恒子

背面の窪みて肉付きの豊かなる菩薩の姿ただに仰げり
思ひがけず日光月光両菩薩に写実の髄を見極めにけり


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

思ふまま言はず自ら傷付きて帰るは五十年前と変らず
この十年にかけがへのなき友あまた奪へる病癌に心臓に鬱


  小 山 星野 清

マスコミの威力まざまざと見せつけて国宝薬師寺展の殷賑
ライトあびて日光菩薩像立てり四囲を埋むる人々の中に


  札 幌 内田 弘

さびしさの兆す夜を耐へのろのろと一人の床をのべむとしたり
頬を吹く風の冷たき朝を出づ回復せざる孤独感のなか


  取 手 小口 勝次

高橋の虫麻呂も山部の赤人も詠みし手児奈の奥つ城寂し
四百年超ゆるか否かと語り合ひ寺の欅をめぐりめぐりぬ


先人の歌


土屋文明の「天の川」 歌集『山下水』より

宵々の薄明につづく山の上のあやしきひかり天の安川
谷せまく山にかかれる天の川ひかりはおつ黒き彼方に
とざしたる豆の葉ずゑの夜の露いつわが庭の秋になりたる
虫のこゑいまだ少き草むらに老いてすがれる蛍がひとつ
夜とともに澄む空深く光あり二つに目だつ天の川すぢ




 土屋文明の疎開して戦後はじめて迎えた初秋の夜の歌。大豆であろうか、豆の葉が夕方に閉じるという観察。天の川の、二つに目立つ天の川すぢ という観察。この最後の歌が若いころからの久しいわが愛誦歌。
                     

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