作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成20年10月号) < *印 新仮名遣い>


  宝 塚 有塚 夢 *

罪も罪果てない罪にさいなまれ我はどこまで堕ちてゆくのか



  山 口 稲村 敦子 *

いまここに譜面を囲む友がいて思いを込める三年目の夏



  高 松 藤澤 有紀子

親殺し子殺しにもはや驚かぬ我が胸の内かくも恐ろし




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

汝が今を生きよと風はゆったりと住まずなりたる家の庭吹く
名を呼びてひとりずつ捜すかくれんぼ「誰でもよかった」などあり得ぬ時代に


  横 浜 大窪 和子

交はりはほのかにあらむ共にある日々も一曲のワルツのごとく
まつはれる蚊の遠のきし椅子に居て一つの苦き会話を思ふ


  那須塩原 小田 利文

買ふ家の決まりて抜け殻の如き吾歌会の葉書出すも忘れて
住所氏名記入と押印をくり返しくり返してつひに我が家得たり


  東広島 米安 幸子

留守番の窓に張り付き待ちてゐし二人の娘も母となりたり
磯浜に男の児が呼ぶよ「お母さん」携帯閉ぢてはよ行きてやれ


  島 田 八木 康子

幸せの種をむりやり数へ上げ声に出だせり一人の時に
とつさには反撃できぬ我の性ときに救はれ又さいなまれ来ぬ



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

ドイツの選手バトン落としてヒトラーの嘆く一瞬を映せるも見き
ソ連軍の攻めくる前にかの国境離れて今も我が命あり


  東 京 佐々木 忠郎

二週間余美事に咲きて散るはまぼうを生きて又見む来る夏の日に
はまぼうのハート型の葉かげに青き実見ゆ花のみを見て気付かざりけり


  三 鷹 三宅 奈緒子

詠草送りのち忽ちに逝かれしかつひの歌会にみ心のこして(悼渡辺定秋様)
その運転にて導かれし九重高原の初冬のひと日忘れずわれは


  東 京 吉村 睦人

「作るほど下手になるといふ」先生の理論実証のわが六十幾年
「下手は上手になる希望があるから大いに努力」せよとも言ひたまひたり


  奈 良 小谷 稔

太平洋の波を遥かにおほどかに受け容れて永遠(とは)なる九十九里浜
海亀の昨夜上り来し砂の跡わが足跡も間なく消ゆべし


  東 京 石井 登喜夫

逆上りができず付きたる渾名「ドン」DONは「親分」役に立ちたり
広島弁の中に一人の伊予訛りわれをいたぶりし餓鬼等なつかし


  東 京 雁部 貞夫

「故障」の文字死語となりしか今宵また原発の二基「不具合」と言ふ
デパートの檻に入れられ煙吐く絶滅危惧種人間われは


  福 岡 添田 博彬

立ち上がり休刊の非を整然と声太く述べき小気味良かりき(渡辺定秋氏追悼)
吾よりも重しと労はりくれたりき己が病の進める知らず


  さいたま 倉林 美千子

仕上げねばならず力を与へよと夜更けて父の写真を抱く
タブロイド六面分のレイアウト亡き父と四日籠もり成りたり


  東 京 實藤 恒子

死に近く恋ひまししといふ遍路墓きみ亡き会終へ今日は来りぬ
お遍路に斃れし人らの墓幾基か雪置く檜林の下蔭にして


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

いつか帰らむと詠まれてその後帰る日のなけむともある一首かなしく
ふらふらと帰りたくなるふるさとと隠さず詠まれしはここか上郊


  小 山 星野 清

数多なる阻塞気球の揚がる空六十余年経てなぜ夢に見し
竹竿に模型ささげて狙はせし高射砲訓練のかのつたなさは


  札 幌 内田 弘

はづれ馬券を一瞬舞はせ座り込む男の眼は虚ろなるまま
座り込み競馬新聞に印付ける男の傍らに飲むワンカップ


  取 手 小口 勝次

社保庁は年金を株に運用し赤字を出すなど愚をまた晒す
黒船が来て維新まで十五年今の世直しまだまだ先か


先人の歌


齋藤 茂吉(白き山)より

まどかなる月やうやくに傾きて最上川のうへにうごく寒靄(さむもや)
最上川海に入らむと風をいたみうなじほの浪とまじはる音す
あまつ日のかたむく頃の最上川わたつみの色となりてながるる
おほどかに流れの見ゆるのみにして月の照りたる冬最上川
最上川の上空にして残れるはいまだうつくしき虹の断片




 最近叙景の歌が少なくなって、さびしい思いがしているが、その都度、私の愛唱するのは最上川に立ち向かう茂吉を思いだすことにしている。これは私の歌の原点でもあり、対象を凝視する見本でもある。
                     

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