作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成21年1月号) < *印 新仮名遣い>


  大 阪 目黒 敏満 *

生駒より出で来る陽をば眺むれば昨日のことさえ浅き夢なる



  高 松 藤澤 有紀子

今の世にはびこり止まぬこの格差教室内に入れてはならぬ



  宝 塚 有塚 夢 *

スプリンクラーの霧雨立ちて潤う時私はいつも帰宅の時間



  武蔵野 坂本 智美 *

捨てられぬハードディスクに籠もりゆく電子メールのやりとりたちが




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

わが今のこころに歌は与えられず月のひかりに目の冴えている
風となり胸のうちより立ち上がる言葉ともなうひびきは軽く


  横 浜 大窪 和子

暮しをかこつ声きれぎれに聞こえくるカウンターに微温(ぬる)き珈琲すする
福田赳夫の息子が降りし総理の座吉田茂の孫が引き継ぐ


  那須塩原 小田 利文

南九州市立となれど残りたる頴娃小学校に集ふ五十路の吾ら
老いづくも若々しきも何時しかに六年生の顔となりゐる


  東広島 米安 幸子

松枯れの予防薬ほどこし土均し言葉少なに庭師は帰る
芽を摘みて松を語りて飽かざりし祖父の残しし松の枯れゆく


  島 田 八木 康子

海の彼方に待ち焦がれゐし岬のかげ神の指先と古人は見しか
わが目にもすがる岬の現れよ見え隠れする水平線に



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

黄色い線のあとにと常々放送すこの幅広きを線と言ふのか
アブナイデスカラといちいち言ふ放送うんざりとしてこの朝も聞く


  東 京 佐々木 忠郎

かたばみは黄の花のみと思ひしに庭に淡紅の花酸漿(はなかたばみ)咲きぬ
晩秋となりて花咲く冬桜と花酸漿に黄の蝶が舞ふ


  三 鷹 三宅 奈緒子

このひと夏吾は何をせし雷鳴の轟きてはやく過ぎしこの夏
世に倦(う)むとふ言葉おもひてつくづくと晩夏の日のあたる舗道を歩む


  東 京 吉村 睦人

悪くなる一方の今の世にありてわれらの短歌はいかにあるべき
いい加減に書きし文字ゆゑの誤植なるを書きたる人は知るすべもなし


  奈 良 小谷 稔

宮の杜を出で来て対ふ宇治川は水のみなぎり光みなぎる
末法の世を怖れみ堂を建てし代も今の世よりはいくらかましか


  東 京 石井 登喜夫

隣家のあるじ俄に病みて逝きこの路地に翁ひとりとなりぬ
人はみな老いて「リヤ王」になるといふ誰の言葉か哀しき言葉


  東 京 雁部 貞夫

君を悼む電報打ちに行かむとす発行所移転の前の最後の仕事
                     悼片山貞美氏
ただ一度手甲脚半の君を見き多摩の脊稜奥駆けをすと



  福 岡 添田 博彬

ひと月に倍近くなりし腫瘍影がCT像に写し出されぬ
三百名の中の七位の服用と惜しみてくれぬ係の処女は


  さいたま 倉林 美千子

回診の医師にこよひの満月を問ひしが再び眠りに落ちぬ
点滴台曳きゆく音し満月の光(かげ)移りつつ病棟更けぬ


  東 京 實藤 恒子

江戸の代の伊藤若沖ゑがきたるその絵は近代を見据ゑてをりき
幾度か夢に見し若沖の花丸図を琴平の奥書院にうつつ観にけり


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

朝の日の及びはじめしダム湖面おもむろに霧はうごきそめたり
見張鴨一羽を立てて眠るといふ四五百湖面の朝霧のなか


  小 山 星野 清

日本初の体外受精児誕生と暦にあり二十五歳か今日は
「イベントのオープンをピーアールする」などとNHKがぬけぬけと言ふ


  札 幌 内田 弘

幾代をも国の境を争ひていまEUに国境あらず
回廊を巡りて王の部屋に入るピアノを弾きしは六歳のモーツアルト


  取 手 小口 勝次

新しき発行所への道すがらこの地にありしお玉ヶ池を偲ぶ
広かりしお玉ヶ池の跡に残るお玉稲荷をひとり拝めり


先人の歌


岸 哲男の歌
(作者は中村憲吉の門下、新聞記者から写真大学教授となる)

あかときの床にめざめて幼な児のごとくにをりぬ遠きこがらし
和紙つくる黒谷の村なほ遠し山谷こめて降る雨の中
俊寛の妻子が寄り来て果てし寺やまの下より仰ぎて立ち去る
ゴム靴の感触はいまも身に残る大切に大切にわが穿きたりき
これの世に美しきものは雲なりとヘッセは言ひき今日の鰯雲

                     

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