作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成21年3月号) < *印 新仮名遣い>


  大 阪 目黒 敏満 *

土のない都会に身を寄せ生きおれば銀杏の輝き金には見えぬ



  倉 敷 大前 隆宣 *

団栗の三粒落ち来て頭打つ拾い帰りて床の間に置く



  山 口 稲村 敦子 *

そわそわと何度も鏡の前に立つあなたと出掛ける最初の日だから



  高 松 藤沢 有紀子 *

最終のレポートを手にこみ上ぐる安堵の思いと寂しき思いと



  宝 塚 有塚 夢 *

殻をぜひ破りたくて自由になりたくて私の中の毒を探そう



  武蔵野 坂本 智美 *

タミフルを飲んだ初日に見た夢は陽気なピエロに追われるわたし



  埼 玉 松川 秀人 *

時計台の鐘の響きがいつまでもこだましている私の胸に



  千 葉 渡辺 理紗 *

優しさを虹や雪より見ていない師走で声がますます尖る




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

子羊の衣装ある園児の部屋すぎて入(い)る礼拝室待降節(アドヴェント)きょうより
子羊になるは二歳の園児たち唯にこにこと手を引かれおり


  横 浜 大窪 和子

未来に希望の見えぬ若きらかくばかり増えし日本にいつよりなりしか
国のため生命捨てしは六十年前その国に捨てられむとする若きら数多


  那須塩原 小田 利文

徒歩五分の小学校より項垂れて妻は帰り来入学できずと
お友達と同じ学校に行けぬこと如何に残るや幼き心に


  東広島 米安 幸子

何の香とおどろきしより何日か霜に耐へつつ枇杷の咲き継ぐ
掛り来る電話に名乗らぬは何時よりかわが消極のはじめと思ふ


  島 田 八木 康子

「苦も楽も心ひとつの置きどころ」唱へて今日のひと日に向かふ
わが家に裁判員の通知書の来ぬをせめての事とも思ふ



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

西空に今宵も強き光放つ金星見れば憂へも消えぬ
花よりもすがしと言はむ曼珠沙華鋭き葉を立て年も越えたり


  東 京 佐々木 忠郎

部屋の壁トイレの壁にも古里のポスター貼りて孫に笑はる
年ごとに過疎化に寂るる故郷を足曳きて歩む夢を見にけり


  三 鷹 三宅 奈緒子

橋二つ過ぎてやうやくに蛍ばしくらき水面(みなも)をひとり見おろす
かつて太宰が酔ひて歩みしみちならむいま痛む足曳きてわがゆく


  東 京 吉村 睦人

幾度か切りて活けたる庭の菊なほ咲きつぎて年越さむとす
鉄道の枕木にてもさまざまに変化してきぬこの八十年に


  奈 良 小谷 稔

電話番号変へて戻りし静けさよ隠遁に似て世より隔たる
わが公民館に花水木の苗を寄贈して工業高校来む春に閉づ


  東 京 雁部 貞夫

三階の編集室へ通ふもあとわづか手すりに触れず今日も上りぬ
夢の歌つくりし明恵を友言へど早も忘るる昨夜の夢は


  福 岡 添田 博彬

菌ならず細胞が耐性持つ過程を抗癌剤服みてわれは知りたり
若き日にわが頼りたる放射線に吾も縋るべき命となりぬ


  さいたま 倉林 美千子

新年のレストラン飾る注連縄を七本送りくれよと言へり
石の家も裏の教会(キルヒエ)も変らぬに人のみは過ぐ過ぎて声なし


  東 京 實藤 恒子

蛇行する道の先々の明るくて谷になだるるもみぢの山は
取りどりの色に輝く山また山霧晴れゆけば滴るもみぢ



(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

憲兵の頃を父母にも語るなく一生を閉ぢて義兄は逝きたり
問ひてみたきことの幾つか浮びくる焼かるる義兄の出でくるときを


  小 山 星野 清

仙丈ケ岳をはるかに富士を望みつつ山の気を吸ふわれに命あり
積年の仕事ひとつをなし終へて川の音する峡に宿りぬ


  札 幌 内田 弘

日の差せる昼は寡黙に働きて人の恋しき夕べとなりぬ
音のなき一画過ぐれば次々と工場閉鎖を知らせる貼り紙


  取 手 小口 勝次

土屋先生田端に住みし地を探し滝野川小学校前の坂下り行く
「春風やまりを投げたき草の原」子規球場の句碑は明るし


先人の歌


石井登喜夫

石井氏は平成二十一年一月三十日に逝去された。八十三歳であった。石井氏はこのHPを始めるのに努力し軌道に乗せた人なので、今回は氏の歌を挙げて追悼したい。病気をおして新アララギの全国歌会に出席したときの作である。

やみがたき思ひはげまし比叡の山に病をもちて吾は来にけり
恐れつつ強き薬をのみながらむし暑き比叡の山上にをり
人々のいまだ目ざめぬころほひに真裸となり薬塗るわれは
わがために祈らむとしてためらひぬ根本中堂のけさの朝事に
亡き子の名記して立てし蝋の灯のいまだ尽きぬに取り去られゆく

                     

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