作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成21年8月号) < *印 新仮名遣い>


  武蔵野 坂本 智美 *

先生の背中に近づく決意して再び挑戦難関の門



  千 葉 渡邉 理紗 *

快晴の空が少ない八月は麦藁帽子の影を見ている



  大 阪 目黒 敏満 *

二回目の結婚記念に花束を三千円ほど買うこの水曜日



  高 松 藤澤 有紀子 *

捕らえたと思えばするりと逃げていく児らの心は風の如くに



  宝 塚 有塚 夢 *

シンデレラは慣れぬヒールで走れたか?駅の階段下りつつ疑う





(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

一瞬のきらめき見せて浮かぶ記憶老いて眠れる母のかたえに
灌漑の水ほとばしりそのほとり麦しずかなり熟れてかがやく


  横 浜 大窪 和子

雅楽の笛ほそく交はり声明のうち重なりてわれを誘(いざな)ふ
誘はれゆくはいづくか時は消えて祈りの声にこころ委ねつ


  那須塩原 小田 利文

湯上りの子に夏の寝間着着せやりぬ結婚記念日に早く帰り来て
幼くて頬やはらかき日の吾に会ふ思ひして寝顔目守れり


  東広島 米安 幸子

海に沿ひ山に沿ひゆく子規の国あたかも藤の花の時季なり
赤みおぶる午後の光が田の人に歩くわが面(も)に直接あたる


  島 田 八木 康子

原因は我にあらむと思ひ込む癖がいつよりか我をさいなむ
運不運のことは嘆かじこのあした浅く炊きたる蕗を噛み締む



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

神田川の岸の白壁わづかにも青草生ひて垂るるしたしさ
この川をいつまで見むか九十に近しと書かれていやになれども


  東 京 佐々木 忠郎

友より文明先生の拓本送りきぬ子持山にて草をあつめしみ歌
額を求め部屋に飾りて悦に入る先生のみ歌先生の文字


  三 鷹 三宅 奈緒子

思はざるみ子のつひの日を語ります友は気丈に照るま日のもと
その庭の朴のさやぎもみ子と共に聞きてゆたかに住むべかりしを


  東 京 吉村 睦人

七十年住みしこの土地一夜にて離れゆくことを決心したり
移りゆくマンションのことを様々に思ひゐたりしが今は眠らむ


  奈 良 小谷 稔

三軒のふるさとに人住む証しともわづかなる田に水張られたり
ゐのししの食ひ残したる筍をわが手に掘りてふるさとにあり


  東 京 雁部 貞夫

万木宗良戦死のさまを今日は知る空母被弾し傷つきしとぞ
戦はず果てしと詠みし先生か情報乏しき時代のなかに


  福 岡 添田 博彬

・今月、病気療養中の 添田博彬選者の作品は欠如しております。



  さいたま 倉林 美千子

レイアウト仕上げて音なき午前二時心は冴えて人を思へり
レイアウトに汚れたる手を洗ふ夜半人思ひやる気力今無し


  東 京 實藤 恒子

淡あはと花の香まとひ帰り来て浜焼の鯛に君と宴す
その好みも何時か似て来てテレパシーの通へる二人となりてゐるかな



(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

心通はず過ぎしを互みに言ひあひき二十日後つひの別れも知らず
もの書くを「やは」と終生厭ひにき兄ははかなく人容るるなく


  小 山 星野 清

旧守派と呼ぶ者は呼べ太陽をわれは「日」と書き歌詠み継がむ
老いし者に向けくる言葉伝へつつ君憤る遠き電話に


  札 幌 内田 弘

剥き出しの舗道の傷みにぬるタール湯気を上げつつ忽ち冷えぬ
勢ひつつもの言ふ吾が指弾さる何が悪いか無視して出づる


  取 手 小口 勝次

干拓事業止めし大正の文人らありて手賀沼の今は保たる
ふるさとの御柱祭に通ひたりし高木の里の今に浮かび来


先人の歌


久しぶりに諏訪湖を見、赤彦のこと恩師五味保義のこと思いだしました。
島木赤彦の晩年の柿蔭山房での作品を見ましょう。『太虚集』からです。

空澄みて寒きひと日やみづうみの氷の裂くる音ひびくなり
学校にて吾が子の飯の凍るとふ今日このごろの寒さを思ふ
                  「高木村落」より
高槻のこずゑにありて頬白のさへづる春となりにけるかも
土の上に白き線(すぢ)引きて日ぐれまで子どもの遊ぶ春となりたり              「春」より
みづうみの氷は解けてなほ寒し三日月の影波にうつろふ
                  「諏訪湖畔」より

                     

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