作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成21年9月号) < *印 新仮名遣い>


  大 阪 目黒 敏満 *

我のため玄関の明かりつけしまま静かに眠る嫁がいとおし
胸を張り正しき道を生きたかと人諭すたびに我が身を思う


  高 松 藤澤 有紀子 *

愚痴の種と思いし子らは気が付けば我が愚痴こぼす聞き手となりぬ
家の外に出でて知りたり一番の居場所は家の内にあること


  宝 塚 有塚 夢 *

あんまり優しい言葉かけないで好きになってしまいそうだから
新しい仕事決まった雨あがりの鮮やかな夕焼け空の向こう側


  武蔵野 坂本 智美 *

頷いて真剣に聞く生徒らにやっと教師になれた錯覚
謙虚さを失うことなく歩まんと毎月開く新人日記


  千 葉 渡邉 理紗 *

真夏日の夢の中ではじゃがいもに生まれ変って煮られていたり
力学にならいほどけた髪の毛が届いた分だけ肩をすくめる




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

そこはかとなき香ただよう六月の藪肉桂の森のなか母と
天井に壁にゆらげる水かげろう水田(みなだ)のなかの季節ふたたび


  横 浜 大窪 和子

一億総中流意識といひしはいつ貧富の差は今かくも大きく
Eメール送りて心安らへり返信は待つといふにもあらず


  那須塩原 小田 利文

やうやくに寝し子の布団を直す夜半家をつつみて蛙鳴きをり
エコカーにあらぬ車に五十キロ日々通ふ吾もオゾン破壊者


  東広島 米安 幸子

噴射音の轟く彼方に機首を上げ鋭き角度にたちまち昇る
定刻を鋭き角度に離陸せし機首の先まで紺青の空


  島 田 八木 康子

約束の日はゆつくりと近づきてやがて去りゆく憂きも待ちしも
さうせねばゐられぬ強き衝迫に堅く絞りし雑布に拭く



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

辛うじて去年(こぞ)は聞きにし?の声こほろぎの声今年は如何に
死にたくはないが生きゆくも大変と夜半に帰りてひとりつぶやく


  東 京 佐々木 忠郎

純白と淡きくれなゐの木槿咲きやがて梅雨去る庭のうつろひ
木木のあひだ繁る葉自在に潜り舞ふ黄の蝶一つ羨しみて見る


  三 鷹 三宅 奈緒子

この園のカリヨンのひびきよ久々に聞きて風吹く藤棚の下
心乱るるときに手にとる父の遺影あるかなき微笑をつねにたたふる


  東 京 吉村 睦人

今日の昼は旧発行所の前通りイタメシ屋に行かむと誰か言ひたり
西の日のさし入り来しに気づかずに最終校正に皆向かひをり


  奈 良 小谷 稔

宇品桟橋を踏みし軍靴の重き音偲ばむに茅萱(ちがや)そよぎてやまず
この港を発ちしわが父若き兵にまじりて歩調合はせ行きしか


  東 京 雁部 貞夫

この栃の大樹となるは見るなからむ花を掲ぐるその日待つべし
山法師ひと本咲けるに今年会ふ梅雨の雨ふる吾がうら山に


  福 岡 添田 博彬

・今月、病気療養中の添田博彬選者の作品は欠如しております。



  さいたま 倉林 美千子

見開き面の割付けに吾を忘れゐて今日は夕空に雲を見しのみ
鉛筆と朱筆交差するレイアウト午前二時一人の灯にかざし見る


  東 京 實藤 恒子

華麗なる銀河の何に浮かび来る書き泥みゐてただ過ぎゆくに
狂ひなく月探査機を月面に落下せしめし映像爆弾テロ激化の記事



(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

心さわぎ何か覚えて会ひに来し姉すこやかに畑草をひく
はらからの残る二人となりたるを姉と言ひあふ潮匂ふ畑に


  小 山 星野 清

焼け残る防空壕にて保たれし「武運長久帳」ぞ手ふれぬ
わが祖の血を分くる者が記念館に勤むることも縁と言はむ


  札 幌 内田 弘

何ひとつ仕上げて居ないぞちよつと待て夢の中にて死にゆく我は
自づから歩幅狭まる夜の路地今宵の悔いは今日のみのもの


  取 手 小口 勝次

諏訪高女の千代子を退学させよとの動きを土屋先生ただに押さへき
先進国の中にて最悪わが国の財政赤字をいよいよ恐る


先人の歌


斎藤茂吉の疎開先での名歌集「白き山」から初秋の歌

秋づくといへば光もしづかにて胡麻のこぼるるひそけさにあり
西のかた朝いかづちのとどろきて九月一日晴れむとすらし
わが来つる最上の川の川原にて鴉羽ばたくおとぞきこゆる
かなしくも遠山脈の晴れわたる秋の光にいでて来にけり
ま澄みにも澄みたる空に白雲の湧きそびゆるは心足らはむ

 胡麻は一メートル三十センチ位に伸びたのを刈り取って軒下の日向などで乾かす。さやが乾燥すると弾けて割れて種がこぼれるので下にシートを敷いてその上に干す。その音もなくひつそりと種がこぼれるさまは知らない人が多いであろう。

長塚節の初秋の歌

馬追のひげのそよろに来る秋は眼を閉ぢて思ひみるべし

茂吉と節のこれらの初秋の到来のひそけさを詠む歌には相通じるものがある。

                     

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