作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成21年10月号) < *印 新仮名遣い>


  宝 塚 有塚 夢 *

仕事中休憩のアイスコーヒーは涼しげに氷がカラリと鳴りて


  武蔵野 坂本 智美 *

病院の十一階から曇り空眺めて一人の皆既日食


  千 葉 渡邉 理紗 *

紙芝居のようにぱさっと微笑みを消してケータイから目線をあげる


  山 口 稲村 敦子 *

オリオン座隣で一緒に見上げてももう重ならない手のひら二つ


  倉 敷 大前 隆宣 *

雨の中心も晴れずに傘取りに帰りて濡れた舗道見ている


  高 松 藤澤 有紀子 *

我々を湿原の中へ招くごとワタスゲの綿毛は風にうなずく




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

蓮の葉のわが背を覆うこの径に風あり葉より水のこぼるる
蓮の花見せんと靄に伴えどもうすこし優しくなれぬか母に


  横 浜 大窪 和子

新規開拓目指して努めし半年の報はるるか若き力を恃みて
打ちつけに湧きたる怒りいつの間にかうやむやとなる夫に対ひて


  那須塩原 小田 利文

残しゆく妻子(つまこ)の末を思ふ吾の髪を菜月が強く引つ張る
山百合の香に包まるる夕べにて若き日の母の吾を呼ぶこゑ


  東広島 米安 幸子

土屋文明就任を蹴りし木曽中学いま山林高校その庭に立つ
林業を学ばむ生徒の集まらず木曽山林高校閉づる日近し


  島 田 八木 康子

いつの間にかすり替りゐしわが記憶忘れたきことのみが続きて
夏つばきの蕾の下を帰り来ぬ前籠には今焼きたてのパン



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

雲のなかに今あざやかに欠け初(そ)むる日食を見るもこれが最後か
南方軍だけでも抗戦しないのかと泣きにし日より六十四年か


  東 京 佐々木 忠郎

亡骸(なきがら)となりし熊蝉を妻呼びて黐の下へと葬らしめぬ
黐の幹下より仰ぎて見つけたり枝に縋れる汝の空蝉


  三 鷹 三宅 奈緒子

一つ希(ねが)ひに今年もつどひ山の湖(うみ)の白きかがやきに三日むかへり
対岸にいま点りゆく灯を見つつ久保田不二子をおもふそのつましき生を


  東 京 吉村 睦人

老いゆけば自づからにして止むと言ふ何に言ひたる言葉なりしか
かかる時さういつまでもあるならずその時々を大切にせむ


  奈 良 小谷 稔

諏訪の湖を囲む山々明けやらずいづれの谷も霧白く吐く
夜の明けの独りの歩みクローバーの閉ぢたる葉群開きゆくころ


  東 京 雁部 貞夫

札幌の街なかにして春楡の大樹しげれり屯田の世の(北方植物園)
絶滅せし種の見本としてここに立つ蝦夷狼の剥製一躯


  福 岡 添田 博彬

・今月、病気療養中の添田博彬選者の作品は欠如しております。



  さいたま 倉林 美千子

呼べどはや応答もなしと伝へ聞き致し方なく見舞ふをやめぬ
杖持ちて迎へ給ひしは幾度か風迅き海に向ひて思ふ


  東 京 實藤 恒子

諏訪の歌会はあすに迫りてひとり来し美術館東山魁夷の絵のまへ
朝宵に向かへる諏訪の湖に祈る思ひの全国歌会ぞ



(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

土田耕平生まれしところ建て替り住み替りして人は街道に沿ふ
丸き石に刻まれて夫人と立ちますに触れているとき鳶の鳴くこゑ


  小 山 星野 清

人なかにくさめをすれば疑はれ視線がわれに向くかと思ふ
羊羹を切りて分けむかと言ふ時に近ごろ見ざる笑みを妻見す


  札 幌 内田 弘

地上の熱せり上がり来て四階のベランダに届く長き夕映え
みなもとは目のなき魚に還(かへ)るべしホモサピエンスの今の傲慢


  取 手 小口 勝次

妻を詠みし歌の少なき赤彦の最晩年に三首を見つく
赤彦の「信濃路は」の歌をこの日頃読みては同郷の友を思ひぬ


先人の歌


靄がかかり遠き入り日の光あり波は押しくる翳立ちながら
何を見たいでもなく旅を企てる風邪ひきてこもるこの二日三日
吾をつつみ霧は音なし又さらに白く濃くなり早くながれぬ
霧すでに明るみて白く流れをり海が見え空が見えて
雲辺寺(うんぺんじ)の山を包める冬霞かかやけよわが罪のため

石井登喜男『東窓集』より

読んで印象深い歌ばかりである。つい先ほどまでこのHPを注視してくれていたのにという思いでこの歌集をまた開いた。印象深い歌ばかりである。五首目の歌など新機軸を開いた歌と言えよう。

                     

バックナンバー