作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成21年12月号) < *印 新仮名遣い>


  大 阪 目黒  敏満 *

八月の研修仲間がこの夏の陽炎のごとき思い出となる


  高 松 藤澤 有紀子 *

疲れ果て立ちすくむ我を支えるは思いもよらぬ夫の大き手


  宝 塚 有塚 夢 *

一か月経てば「どうしてあんなことで悩んでいたのか」となりますように


  千 葉 渡辺 理紗 *

肩までを湯船につけるとああすればよかったことが頭に浮かぶ




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

ひと樹の下来たれば小止みなき音よ葉から葉へと明けの雫は
ひとところ光さすかと思われて色やわらかき野の花の群れ


  横 浜 大窪 和子

娘の働くセルバンテス文化センターを訪へりアルカラ通り喧噪のなか
プロダンサーなりしとふイヴァン風通るテラスにワイン運ぶ手軽し


  那須塩原 小田 利文

去年の秋はすり下ろしゐし梨を子はフォークに刺して一人食みをり
買ひ換へてエコポイントを申請す自民党には投票せざりしが


  東広島 米安 幸子

宮島の路地裏ゆつくり従ふに老犬ジュピターを話されしのみ   添田先生
きささげの実は乾きつつ風に鳴るなほ暑き日に聞く秋の音


  島 田 八木 康子

知らざりし厳しき顔にたぢろぎぬ窓の向うを友のよぎれり
コーヒーの覚醒作用の及ぶまでまどろまむとす温かくして



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

財布忘れけさも足早に戻り来ぬ晩年の母を思ひ出しつつ
往来する車烈しきこの街路ためらひ越ゆる黄の蝶見守る


  東 京 佐々木 忠郎

吾ほどに古里恋ほしと言はぬ妻も函館が写れば呼びに来るなり
砂山に立待岬に妻と決めし汝とし逢ひて歌を競ひき


  三 鷹 三宅 奈緒子

海に注ぐ川をちかぢかと夫と見きいまは渺々とつづく砂丘(すなをか)
いちめんに穂すすきなびく石狩浜去りておとなふ日のまたありや


  東 京 吉村 睦人

この幼なの記憶に我の残らむか正しく直くあらむと思ふ
今日われに何にもまさる宝物「ぢぢに」と幼なの言(こと)付けしパン


  奈 良 小谷 稔

管により酸素補ひ苦しかる息にも君は歌会つとめき
寺の坊に仮住みの君を訪ふみ歌遺りて君も先生も亡し


  東 京 雁部 貞夫

山岳遭難史に特異なるこの例刻むべし歩みばらばら命落とせり
人寄せて山行く商法止めさせよ死者を鞭打つ訳にあらねど


  さいたま 倉林 美千子

国も言葉も異にし暮らし三十年時々の思ひ告ぐることなく
凍る樅凍る街蝋燭を売る媼旅立たむ願ひたちまち兆す


  東 京 實藤 恒子

幾度か重傷を負ひ帰り来て「鎮魂のニューギニア」を絵に彫刻に
炎熱に斃れし馬の潤む目を彫りて残せり共に戦ひて


  四日市 大井 力

情篤く金に使はれ終りたる父君を嘆き恋ふるみ歌よ   悼添田博彬氏
自が終焉に何思ひけむ医師として多くの命送り来りて


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  小 山 星野 清

君の詠ふ深田久弥はわが友の媒酌人にてただ一度見し
ビッグホワイト登頂してより娶りし友披露の宴にただまぶしかりき


  札 幌 内田 弘

垂直に眠りに墜ちゆくこの夜は二の腕あたりに痺れの残る
三叉路に立ちて迷ひを打ち消さむ取敢へず行け時雨の街を


  取 手 小口 勝次

長良川の鵜匠は六人宮内庁式部職にて鵜飼を守る
鵜の小屋に声を潜めて近づけば動かず鳴かず丸き目を剥く


先人の歌


尾岱沼風景

横雲は茜さしつつほのぼのと明るき東の海にむかへり
帆をはりし蛯舟いでてゆく朝の明るし寒し尾岱沼(おだいとう)の海は
帆をはりていでゆく蛯舟エンジンのひびきて帰り来たる烏賊舟
着ぶくれて歩める今朝のうらさびし烏賊を乾したる下帰り来ぬ
倉庫のかげ霜をしのげる空地ありうるほふ土に大根茂りて
 *樋口賢治歌集『五月野』の「尾岱沼風景」(昭和44年)から抄出。
                     

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