作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成22年11月号) < *印 現代仮名遣い>
 キャンパス集より


  高 松 藤澤 有紀子 *

流れる汗をぬぐいつつ歩む関ケ原四百年前もかく暑かりしか


  千 葉 渡邉 理沙 *

体温を超えた暑さににじむ汗おでこにとまり思考が鈍る



  白 山 南 裕 *

柿若葉色つややかにやわらかし白き産毛を葉裏にも見き


  宝 塚 有塚 夢 *

あげるのは写真の中の空気だと海の写真集プレゼントにする




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

日ざかりを東へ入れば影ふかく軒つらなりて果ての山なみ
わが腕にのこる重みはみどりごか追憶のなかの雪のコロラド


  横 浜 大窪 和子

人にすこし距離おく心いつの日より芽生えしならむわが来し方に
澱みたる川面にビルの影映りぬるき風吹くカモメを乗せて


  那須塩原 小田 利文

子と歩む妻のふるさと庭の木の色付ける実に吾は立ち寄る
風通る木蔭にブランコ漕ぎやれば吾が膝に子の笑ひ声あり


  東広島 米安 幸子

睦ちやんと母が亡き叔母に呼びかけき八月六日今年も暑し
秋立つに汗吹き出づる橋の上核廃絶の署名求めらる


  島 田 八木 康子

根の付けるバジル優しき香を放つ野菜売場に今日の喜び
三日分の新聞が読めるほど暇と店番の友が顔を上げたり



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

入院して幾日経にけむ浮世のことすべて忘れて休めるもよし
戸をあけて時々声をかくる娘心安らぎへふも過ぎゆく


  東 京 佐々木 忠郎

ガラス窓に当たりて何か落ちし気配見れば動かぬ蝉一つ見ゆ
つづく酷暑を凌ぐと生れし黐に来て鳴きしに哀れ油蝉死す


  三 鷹 三宅 奈緒子

戦後十年還らぬ夫を待つなくて港に強く生くる女は
終演と出で来し街に海上の雲の影像がゆらぐしばらく


  東 京 吉村 睦人

幼な子の砂遊び場を覆ひたるビニールのシートに降り注ぐ雨
核による抑止に頼るは核による報復を招くことを覚悟せねばならぬ


  奈 良 小谷 稔

里山のどこより見てゐる猿どもか留守を狙ひて畑を荒らす
椎茸は軸のみ食ひて笠は捨てる猿の習性も初めて知りぬ


  東 京 雁部 貞夫

末期癌の「宣告」受けし文生々しヒマラヤに絵筆振ひしわが友なるに
丸山ワクチンに頼りて凌ぐ友の日々秋の個展に命かけると


  さいたま 倉林 美千子

種の弾けし立浪草の群落に茜染みゐて父の忌近し
父の知らぬ新社屋にも十年か編集職をつひに退くべくなりぬ


  東 京 實藤 恒子

かんかん帽に浴衣の弟は相談役山車のまへゆけば亡き父思ほゆ
赤白の昇り旗五色馬簾あまた十余の出車の川に競り合ふ


  四日市 大井 力

行方不明の百歳を越ゆる老人も帰り来よ宇宙船はやぶさのごと
七年余宙をさ迷ひ帰りつき身を燃え尽し地球に果てぬ


  小 山 星野 清

人間の尊厳をいふは易けれど衰へし様は斯くの如しと兄は
苦しまば人は誰でも死を待たむ浅き息にて兄はつぶやく


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  札 幌 内田 弘

椅子ひとつ空けつつ座る慣ひなり居酒屋「かんろ」に夕べの静寂
許し難き彼も彼女も呑気にて「ああさうですか」とはこの馬鹿野郎


  取 手 小口 勝次

切れ目無く富岡製糸を見る人ら学ぶ生徒ら混じり行き交ふ
母の里の二階にありし蚕室を懐かしみつつ今桑食む音聞く


先人の歌


齋藤 茂吉歌集『つゆじも』より

くらやみに向ひてわれは目を開きぬ限(かぎり)もあらぬものの寂けさ
朝のなぎさに眼(まなこ)つむりてやはらかき天つ光に照らされにけり
塩おひてひむがしの山こゆる牛まだ幾ほども行かざるを見し
あららぎのくれなゐの実を食むときはちちはは恋し信濃路にして
今しがた牛闘ひてその一つ角折れたるが途のうへに立つ

                     

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